火の車
オチ担当:蒼風 雨静 それ以外担当:碧 銀魚
「それでは、これでお別れとなります!」
火葬炉を前に、藤戸が遺族に向けて、いつもより声を張って言った。
というのも、今回の故人は遺族や知人の数が極端に多かったからだ。
総勢、50人近くいるだろうか。
この局面でしゃべったりする人間はいないが、それでもこれだけの人数が集まると、すすり泣きや衣擦れの音で、それなりにうるさくなる。
なので、藤戸がいちいち声を張り上げなければ、全員に聞こえないのだ。
「人数が多いのも大変だなぁ……」
声を張り上げている藤戸の横で、諸々のサポートをしながら、狭山は小さく呟いた。
これまで、極端に遺族が少ない火葬で、おかしな目に遭ってきたことが多かったが、多いと多いで大変だと初めて知った。
恐らく、故人は多くの人に慕われる立派な人だったのだろうが、例によって資料を読み忘れた狭山は、何がどう立派な人なのか、さっぱりわからない。
「じゃあ、兼田さん、頼む。」
藤戸が声をかけると、火葬炉の前でスタンバイしていた兼田がボタンを押し、炉の扉が開き始めた。
「あれ?」
そこで、狭山は眉を顰めた。
ゆっくりと開く炉の中に、既に火が放たれていたのだ。
「おかしいな……」
いつもなら、遺体を収容し、扉を閉めてから発火するはずである。
始めから火が点けられた状態になっているのは、初めて見た。
「もしかして、何かのミスかな?」
そう思って、技術者でもある兼田をちらりと見た。
だが、兼田はいつも通り、扉の前で無表情で立っているだけだ。
「……ミスってわけでもなさそうだな。じゃあ、遺族の意向か何かかな。」
読み忘れた資料に書いてあったのかもしれない。
藤戸に訊いてみようかとも思ったが、最後のお別れを仕切るので忙しそうなので、やめた。
どうせ、資料を読んでいないことを叱られるだけだ。
「おばちゃん!逝かないでー!」
「今まで、本当にありがとう……」
「寂しいよぉ!」
遺族や知人は皆、棺に縋りながら、別れを惜しんでいる。
この個人は、余程人徳があったようだが、おかげでもう火葬ができない。
「皆様、名残惜しいとは思いますが、これでお別れとなります。どうか、快く送り出してあげて下さい。」
藤戸が半ば強引に仕切り、ようやく棺は炉の中へと入れられていった。
ゆらゆらと揺らめく炎の中に、木の棺がゆっくりと飲み込まれていく。
「なんか、火が点いてるだけで、凄い光景だな。」
燃え盛る炎の中へ入れられていく棺を見ながら、狭山は思った。
やがて、暑そうな素振りを一切見せなかった兼田が、棺を完全に炉の中へ収納し、扉を閉めるボタンを押した。
そうして、炎の中の棺は、ゆっくりとその姿が見えなくなった。
「ご愁傷様でした。」
藤戸が一段と声を張り上げ、一礼した。
狭山と兼田も合わせて頭を下げ、波乱のお別れは終了した。
「いやぁ、凄い人数でしたね。」
事務所に戻ってきた狭山が藤戸に言った。
藤戸は溜息をつきながら、自前で用意したコーヒーを手に、自分の席に着いた。
「まったくだ。あの人数で火葬場に来るなんて、なかなかないぞ。声が枯れるかと思った。」
経験が長い藤戸からしても、あの人数は珍しいらしい。
「余程、いろんな人に慕われていたんですね。」
狭山が何気なく言うと、藤戸がジロリと睨んできた。
「狭山、また資料読んでないだろ?」
「え!?何でわかったんですか!?」
結局、注意される羽目になった。
「まぁ、資料にも書いてあるが、あの江藤という女性は、長いこと児童養護施設を運営しててな。通称、園長と呼ばれていたらしい。」
「ああ、なるほど。施設でお世話になった人が、たくさん来たってことですね。」
「そういうことだ。まぁ、徳が高い人生だったんじゃないか?人の価値は、葬儀の時に流れる涙の量で決まるっていうからな。」
藤戸はコーヒーを啜りながら言った。
「ん~……でも、炉に先に火を点けた理由は、書いてないんですね。」
狭山が資料を見ながら言った。
その時だった。
「炉に先に火?」
藤戸がギョッとした顔になった。
「はい。あれ、遺族の意向とかじゃなかったんですか?」
狭山は何気なく尋ねたが、藤戸の表情はかなり強張っていた。
「そんなはずはない。火葬炉は構造上、入口の扉を閉めないと、発火させられないようになっている。先に火が点いてるなんて、あり得ない。」
「えっ?だって、実際、点いてたじゃないですか。」
「いや、俺は見ていない。第一、そんな事故が起きていたら、扉を開けた兼田さんが気付くはずだ。」
「そういえば、兼田さんが妙に無反応でしたね。」
棺を中に入れた時、兼田はかなり炎に接近したはずだが、何ら熱そうな素振りをみせていなかった。
と、そこへ遺族を待合室に案内していた清澤が戻ってきた。
「すみません、二部屋に分かれてもらったので、遅くなりました。」
人数が多かったので、待合室も2つ使うことになったのだが、そのせいで案内に手間取ったらしい。
「清澤さん、戻ってきて早々悪いけど、兼田さんを探してきてくれないか?もしかしたら、火葬炉で事故があったかもしれない。」
「火葬炉で事故?」
清澤も綺麗な顔を強張らせた。
「まだわからん。とりあえず、俺と狭山は火葬の様子を見てくるから、清澤さんは兼田さんを火葬炉のところまで連れてきてくれ。」
「わかりました。」
すぐさま、清澤は事務所から飛び出した。
「狭山、とりあえず確認に行くぞ!」
「わかりました。」
藤戸と狭山も、すぐに事務所を飛び出した。
数分後、藤戸と狭山、そして清澤と兼田が火葬炉の扉の前に集合した。
「とりあえず、異常はないですねぇ……」
兼田が火葬炉の扉周りを入念に見ながら、そう言った。
「本当に火が点いてたんですよ。っていうか、兼田さんも見たでしょ?」
狭山がそう言うと、兼田は難しい顔で首を横に振った。
「いや、私が見た時は、火なんて点いてなかったよ。点いていれば、その場で火葬を中止して、炉を総点検だ。」
「そうですよね。」
藤戸が溜息混じりに呟いた。
「では、やはり狭山さんの見間違いでは?」
清澤が言うと、狭山は慌てて首を横に振った。
「見間違いでも嘘でもないですって!本当ですってば!」
狭山は頑として譲らない。
「狭山、本当に見たんだな?」
不意に、藤戸が声のトーンを落として尋ねてきた。
「え?はい、本当です!」
狭山が勢いよく答えると、藤戸は深く溜息をついた。
「わかった。それなら調べてみる。」
藤戸の言葉に、清澤と兼田が怪訝そうな顔になった。
「調べるって、火葬炉を点検するんですか?」
兼田が嫌そうに言うと、藤戸は首を横に振った。
「いや、調べるのは別のことです。とりあえず、火葬とこの後の収骨は予定通り行います。ただし、先程の火の件は、遺族達には言わないで下さい。」
藤戸は手早く指示を飛ばすと、すぐさまスマホを取り出し、誰かに連絡を取り始めた。
その後、骨壺への納骨は何事もなく終わり、総勢50人にもなる江藤の遺族知人は、2台のバスに分乗して帰っていった。
「大変でしたね……あの人数は、もう当分来てほしくないです……」
事務所へ戻ってきた狭山が、ぐったりしながら言った。
「まぁ、俺もあの人数は見たことがなかったからな。レアケースだと思えばいいさ。」
藤戸は然程疲れた様子もない。
「お疲れついでに、夕飯食べに行きません?」
狭山が驕りを期待して尋ねると、藤戸は首を横に振った。
「いや、この後まだ仕事がある。」
「えー?もう6時過ぎてますよ?」
狭山がぎゃあぎゃあ言っていた、その時であった。
「藤戸さん、この前来た、千野さんがいらっしゃったのですが……」
清澤がそう言いながら事務所へやってきた。
「ああ、着たか。ここに通して。」
「わかりました。」
清澤はそそくさと入口の方へ駆けていった。
「千野さんって、この前の時に来てた、刑事さんですか?」
狭山が尋ねると、藤戸は頷いた。
「ああ。おまえが言ってた、火葬炉の火の件で、調べものを頼もうと思ってな。」
「え?これって、業者に点検してもらうものじゃないんですか?」
「いや、多分これは、火葬炉の異常じゃない。」
藤戸はやけにきっぱりと言い切った。
間もなく、千野が清澤に連れられて事務所にやってきた。
「いやぁ、どうも、どうも。何やら、面白い話があるって聞いて、飛んできましたよぉ。」
千野は相変わらずの軽い調子で、へこへこしながら入ってきた。
「こんな時間にすみません。ですが、俺の迷信与太話は、千野さんくらいしか聞いてくれないんでね。」
藤戸はそう言いながら、椅子を引っ張り出して、千野に薦めた。
「まぁ、藤戸君の迷信与太話は、妙に事件としての打率が高いからねぇ。こっちとしては、助かることもあるんだよ。」
そう言って、千野は椅子に座った。
かと思うと、突然、目つきが鋭くなった。
「で、何かあったのかい?」
藤戸は向かいに腰を下ろすと、重々しく頷いた。
「実は今日、江藤という方の火葬があったのですが、その時に妙なことが起きまして。」
「妙な事?」
「ええ。火葬炉が開いた時、既に火が点いていたのを、そこの狭山が見たそうなんです。」
「火が?あれは、扉を閉めてから点けるもんじゃないのか?」
藤戸は首肯した。
「ええ。ですが、なぜか棺を入れる段で既に火が点いていて、しかも狭山以外は誰も気付いていなかったんです。」
「それまた妙な話だが……それで、何で俺を呼び出したんだ?」
千野の疑問は尤もだ。
「ここからは、俺の迷信与太話になるのですが……千野さんは火車ってご存じですか?」
藤戸の言葉に、千野は首を傾げた。
「聞いたことがあるなぁ……葬式の時に出る、妖怪だっけか?」
千野はよく知らないらしいが、清澤がここで口を挟んだ。
「確か、葬儀の夜に現れて、遺体を持ち去ってしまう猫の姿をした妖怪ですよね。地方によっては、棺の上に剃刀を置く風習がありますが、これは火車除けだと聞いたことがあります。」
清澤の言葉に藤戸は頷いた。
「確かに、現在一般的に火車は、そういう妖怪とされている。だが、それは江戸時代以降に、読本や浮世絵で定着した話で、本来は亡者を連れ去る火の車を指すものだったらしい。」
「そうなんですか。しかし、何で亡者は火の車に連れていかれるんですか?」
清澤が尋ねると、藤戸はそこで深い溜息をついた。
「火の車が連れ去るのは、生前に悪行を行った人間だそうだ。」
藤戸の言葉を聞いて、千野の表情が厳しくなった。
「悪行、ねぇ。」
「ええ。火の車を率いているのは、牛頭馬頭という地獄の番人で、生前に悪行を行った人間は、死に際してこの火の車で地獄へ連れていかれる……というのが火車の大元の伝承だそうです。」
ここまでで、刑事である千野は、藤戸の言いたいことを察したらしい。
「つまり、そこの狭山君が見た火は火車のもので、ホトケさんは何かしらの理由で、地獄に連行されていった可能性がある、と。」
「そういうことです。まぁ、仰る通り、迷信与太話ですが。」
藤戸がそう言うと、そこで狭山が疑問を呈した。
「でも、あの江藤って人は、児童養護施設を経営してて、あんなに沢山の人に別れを惜しまれていたじゃないですか。なのに、地獄に連れていかれちゃうんですか?」
藤戸は再び溜息をついた。
「だから、嫌なんだよ。もしかしたら、遺族や知人に気付かれないよう、とんでもない悪さをしていた可能性があるって話になる。」
そこで、藤戸が本当に火を見たのか、念押ししてきた意味がわかった。
あれだけ善良で多くの人に慕われていた人間を、疑うことになるからだ。
「いや、確かに面白い!証拠は何もないが、まぁ、施設周りを一応、調べてみるよ。」
千野は急に明るい声を出し、膝をポンと叩いた。
と同時に、藤戸に向けられていた厳しい視線が、フッと消えた。
「すみません。思い過ごしだったら、こちらの狭山が責任をとりますので。」
藤戸がサラッと言った。
「え!?俺のせいなんですか!?」
「おまえが見たって言い張ったから、千野さんに来てもらったんだ。当たり前だろ。」
「いや、その、ええぇ~……」
狭山はどうにも承服できなかったが、それ以上反論もできなかった。
2か月後。
新聞の片隅に、小さな記事が載っていた。
『江藤児童養護施設、巨額詐欺事件が発覚。運転資金に流用か。』
「やっぱり、叩いたら埃が出たか。」
藤戸は事務所で新聞を読みながら、呟いた。
「なんか、いろんな手口でお年寄りを騙して、集めたお金で施設を運営してたらしいですね。」
向かいの席にいる狭山が、コーヒーを啜りながら言った。
「一体、どういう神経でやってたんだろうな。生い先短い年寄りから金を奪って、未来ある子供達を育てることに、意義があるとでも思ってたんだろうか。」
藤戸が厳しい口調で言った。
「そんな形で支援をされても、子供達の心に傷が残るだけだと思うのですが……」
そう言ったのは清澤だった。
彼女の境遇からいって、色々と思うところはあるらしい。
「にしても、本当に悪さを働いてたってことは、俺が見たのは、やっぱり火車の火だったんでしょうか……」
狭山がブルリと震えながら言った。
今更ながら、恐くなってきたらしい。
「それはわからん。だが……」
不意に藤戸が言葉を切った。
「だが、何ですか?」
「そう考えると怖いよな。俺達は火葬炉に遺体を運び込んだつもりで、火車の中にホトケさんを放り込んだことになるからな。」
藤戸の言葉に、狭山も清澤もゾッとした。
尤も、今回一番恐ろしかったのは、現在火葬炉の準備の為に不在である兼田だろうが。
「とりあえず、今回教訓として言えることは、人の涙はあてにしてはいけないってことだな。」
藤戸は新聞を机に置いた。
「どういうことですか?」
狭山が尋ねると、藤戸は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「例え流れる涙の量が多くても、それがその人の徳の高さとイコールではないってことだ。今回みたいに故人が皆を騙しているかもしれないし、逆に遺族や知人が嘘の涙を流しているかもしれない。」
「なんか、何を信じていいのか、わからなくなる話ですね。」
狭山が憂鬱そうに呟いた。
「だとしたら、実は今回のような怪異の方が、余程信頼できるのかもしれないな。」
藤戸の話に、狭山と清澤は視線を落とした。
「皮肉な話ですね。」
「そうだな。」




