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湊火葬場雑談記  作者: 蒼碧


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6/7

火の車

オチ担当:蒼風 雨静  それ以外担当:碧 銀魚

「それでは、これでお別れとなります!」

 火葬炉を前に、藤戸が遺族に向けて、いつもより声を張って言った。

 というのも、今回の故人は遺族や知人の数が極端に多かったからだ。

 総勢、50人近くいるだろうか。

 この局面でしゃべったりする人間はいないが、それでもこれだけの人数が集まると、すすり泣きや衣擦れの音で、それなりにうるさくなる。

 なので、藤戸がいちいち声を張り上げなければ、全員に聞こえないのだ。


「人数が多いのも大変だなぁ……」

 声を張り上げている藤戸の横で、諸々のサポートをしながら、狭山は小さく呟いた。

 これまで、極端に遺族が少ない火葬で、おかしな目に遭ってきたことが多かったが、多いと多いで大変だと初めて知った。

 恐らく、故人は多くの人に慕われる立派な人だったのだろうが、例によって資料を読み忘れた狭山は、何がどう立派な人なのか、さっぱりわからない。


「じゃあ、兼田さん、頼む。」

 藤戸が声をかけると、火葬炉の前でスタンバイしていた兼田がボタンを押し、炉の扉が開き始めた。


「あれ?」

 そこで、狭山は眉を顰めた。


 ゆっくりと開く炉の中に、既に火が放たれていたのだ。


「おかしいな……」

 いつもなら、遺体を収容し、扉を閉めてから発火するはずである。

 始めから火が点けられた状態になっているのは、初めて見た。


「もしかして、何かのミスかな?」

 そう思って、技術者でもある兼田をちらりと見た。

 だが、兼田はいつも通り、扉の前で無表情で立っているだけだ。


「……ミスってわけでもなさそうだな。じゃあ、遺族の意向か何かかな。」

 読み忘れた資料に書いてあったのかもしれない。

 藤戸に訊いてみようかとも思ったが、最後のお別れを仕切るので忙しそうなので、やめた。

 どうせ、資料を読んでいないことを叱られるだけだ。


「おばちゃん!逝かないでー!」

「今まで、本当にありがとう……」

「寂しいよぉ!」


 遺族や知人は皆、棺に縋りながら、別れを惜しんでいる。

 この個人は、余程人徳があったようだが、おかげでもう火葬ができない。


「皆様、名残惜しいとは思いますが、これでお別れとなります。どうか、快く送り出してあげて下さい。」

 藤戸が半ば強引に仕切り、ようやく棺は炉の中へと入れられていった。


 ゆらゆらと揺らめく炎の中に、木の棺がゆっくりと飲み込まれていく。


「なんか、火が点いてるだけで、凄い光景だな。」

 燃え盛る炎の中へ入れられていく棺を見ながら、狭山は思った。


 やがて、暑そうな素振りを一切見せなかった兼田が、棺を完全に炉の中へ収納し、扉を閉めるボタンを押した。

 そうして、炎の中の棺は、ゆっくりとその姿が見えなくなった。


「ご愁傷様でした。」

 藤戸が一段と声を張り上げ、一礼した。

 狭山と兼田も合わせて頭を下げ、波乱のお別れは終了した。




「いやぁ、凄い人数でしたね。」

 事務所に戻ってきた狭山が藤戸に言った。

 藤戸は溜息をつきながら、自前で用意したコーヒーを手に、自分の席に着いた。

「まったくだ。あの人数で火葬場に来るなんて、なかなかないぞ。声が枯れるかと思った。」

 経験が長い藤戸からしても、あの人数は珍しいらしい。


「余程、いろんな人に慕われていたんですね。」

 狭山が何気なく言うと、藤戸がジロリと睨んできた。


「狭山、また資料読んでないだろ?」

「え!?何でわかったんですか!?」

 結局、注意される羽目になった。


「まぁ、資料にも書いてあるが、あの江藤という女性は、長いこと児童養護施設を運営しててな。通称、園長と呼ばれていたらしい。」

「ああ、なるほど。施設でお世話になった人が、たくさん来たってことですね。」

「そういうことだ。まぁ、徳が高い人生だったんじゃないか?人の価値は、葬儀の時に流れる涙の量で決まるっていうからな。」

 藤戸はコーヒーを啜りながら言った。


「ん~……でも、炉に先に火を点けた理由は、書いてないんですね。」

 狭山が資料を見ながら言った。

 その時だった。


「炉に先に火?」

 藤戸がギョッとした顔になった。


「はい。あれ、遺族の意向とかじゃなかったんですか?」

 狭山は何気なく尋ねたが、藤戸の表情はかなり強張っていた。


「そんなはずはない。火葬炉は構造上、入口の扉を閉めないと、発火させられないようになっている。先に火が点いてるなんて、あり得ない。」

「えっ?だって、実際、点いてたじゃないですか。」

「いや、俺は見ていない。第一、そんな事故が起きていたら、扉を開けた兼田さんが気付くはずだ。」

「そういえば、兼田さんが妙に無反応でしたね。」

 棺を中に入れた時、兼田はかなり炎に接近したはずだが、何ら熱そうな素振りをみせていなかった。


 と、そこへ遺族を待合室に案内していた清澤が戻ってきた。

「すみません、二部屋に分かれてもらったので、遅くなりました。」

 人数が多かったので、待合室も2つ使うことになったのだが、そのせいで案内に手間取ったらしい。


「清澤さん、戻ってきて早々悪いけど、兼田さんを探してきてくれないか?もしかしたら、火葬炉で事故があったかもしれない。」

「火葬炉で事故?」

 清澤も綺麗な顔を強張らせた。


「まだわからん。とりあえず、俺と狭山は火葬の様子を見てくるから、清澤さんは兼田さんを火葬炉のところまで連れてきてくれ。」

「わかりました。」

 すぐさま、清澤は事務所から飛び出した。


「狭山、とりあえず確認に行くぞ!」

「わかりました。」

 藤戸と狭山も、すぐに事務所を飛び出した。




 数分後、藤戸と狭山、そして清澤と兼田が火葬炉の扉の前に集合した。


「とりあえず、異常はないですねぇ……」

 兼田が火葬炉の扉周りを入念に見ながら、そう言った。


「本当に火が点いてたんですよ。っていうか、兼田さんも見たでしょ?」

 狭山がそう言うと、兼田は難しい顔で首を横に振った。

「いや、私が見た時は、火なんて点いてなかったよ。点いていれば、その場で火葬を中止して、炉を総点検だ。」

「そうですよね。」

 藤戸が溜息混じりに呟いた。

「では、やはり狭山さんの見間違いでは?」

 清澤が言うと、狭山は慌てて首を横に振った。

「見間違いでも嘘でもないですって!本当ですってば!」

 狭山は頑として譲らない。


「狭山、本当に見たんだな?」

 不意に、藤戸が声のトーンを落として尋ねてきた。


「え?はい、本当です!」

 狭山が勢いよく答えると、藤戸は深く溜息をついた。


「わかった。それなら調べてみる。」

 藤戸の言葉に、清澤と兼田が怪訝そうな顔になった。


「調べるって、火葬炉を点検するんですか?」

 兼田が嫌そうに言うと、藤戸は首を横に振った。


「いや、調べるのは別のことです。とりあえず、火葬とこの後の収骨は予定通り行います。ただし、先程の火の件は、遺族達には言わないで下さい。」

 藤戸は手早く指示を飛ばすと、すぐさまスマホを取り出し、誰かに連絡を取り始めた。




 その後、骨壺への納骨は何事もなく終わり、総勢50人にもなる江藤の遺族知人は、2台のバスに分乗して帰っていった。


「大変でしたね……あの人数は、もう当分来てほしくないです……」

 事務所へ戻ってきた狭山が、ぐったりしながら言った。


「まぁ、俺もあの人数は見たことがなかったからな。レアケースだと思えばいいさ。」

 藤戸は然程疲れた様子もない。


「お疲れついでに、夕飯食べに行きません?」

 狭山が驕りを期待して尋ねると、藤戸は首を横に振った。


「いや、この後まだ仕事がある。」

「えー?もう6時過ぎてますよ?」

 狭山がぎゃあぎゃあ言っていた、その時であった。


「藤戸さん、この前来た、千野さんがいらっしゃったのですが……」

 清澤がそう言いながら事務所へやってきた。


「ああ、着たか。ここに通して。」

「わかりました。」

 清澤はそそくさと入口の方へ駆けていった。


「千野さんって、この前の時に来てた、刑事さんですか?」

 狭山が尋ねると、藤戸は頷いた。


「ああ。おまえが言ってた、火葬炉の火の件で、調べものを頼もうと思ってな。」

「え?これって、業者に点検してもらうものじゃないんですか?」

「いや、多分これは、火葬炉の異常じゃない。」

 藤戸はやけにきっぱりと言い切った。


 間もなく、千野が清澤に連れられて事務所にやってきた。

「いやぁ、どうも、どうも。何やら、面白い話があるって聞いて、飛んできましたよぉ。」

 千野は相変わらずの軽い調子で、へこへこしながら入ってきた。


「こんな時間にすみません。ですが、俺の迷信与太話は、千野さんくらいしか聞いてくれないんでね。」

 藤戸はそう言いながら、椅子を引っ張り出して、千野に薦めた。


「まぁ、藤戸君の迷信与太話は、妙に事件としての打率が高いからねぇ。こっちとしては、助かることもあるんだよ。」

 そう言って、千野は椅子に座った。

 かと思うと、突然、目つきが鋭くなった。


「で、何かあったのかい?」

 藤戸は向かいに腰を下ろすと、重々しく頷いた。


「実は今日、江藤という方の火葬があったのですが、その時に妙なことが起きまして。」

「妙な事?」

「ええ。火葬炉が開いた時、既に火が点いていたのを、そこの狭山が見たそうなんです。」

「火が?あれは、扉を閉めてから点けるもんじゃないのか?」

 藤戸は首肯した。

「ええ。ですが、なぜか棺を入れる段で既に火が点いていて、しかも狭山以外は誰も気付いていなかったんです。」

「それまた妙な話だが……それで、何で俺を呼び出したんだ?」

 千野の疑問は尤もだ。


「ここからは、俺の迷信与太話になるのですが……千野さんは火車ってご存じですか?」

 藤戸の言葉に、千野は首を傾げた。

「聞いたことがあるなぁ……葬式の時に出る、妖怪だっけか?」

 千野はよく知らないらしいが、清澤がここで口を挟んだ。


「確か、葬儀の夜に現れて、遺体を持ち去ってしまう猫の姿をした妖怪ですよね。地方によっては、棺の上に剃刀を置く風習がありますが、これは火車除けだと聞いたことがあります。」

 清澤の言葉に藤戸は頷いた。


「確かに、現在一般的に火車は、そういう妖怪とされている。だが、それは江戸時代以降に、読本や浮世絵で定着した話で、本来は亡者を連れ去る火の車を指すものだったらしい。」

「そうなんですか。しかし、何で亡者は火の車に連れていかれるんですか?」

 清澤が尋ねると、藤戸はそこで深い溜息をついた。


「火の車が連れ去るのは、生前に悪行を行った人間だそうだ。」

 藤戸の言葉を聞いて、千野の表情が厳しくなった。


「悪行、ねぇ。」

「ええ。火の車を率いているのは、牛頭馬頭という地獄の番人で、生前に悪行を行った人間は、死に際してこの火の車で地獄へ連れていかれる……というのが火車の大元の伝承だそうです。」

 ここまでで、刑事である千野は、藤戸の言いたいことを察したらしい。


「つまり、そこの狭山君が見た火は火車のもので、ホトケさんは何かしらの理由で、地獄に連行されていった可能性がある、と。」

「そういうことです。まぁ、仰る通り、迷信与太話ですが。」

 藤戸がそう言うと、そこで狭山が疑問を呈した。


「でも、あの江藤って人は、児童養護施設を経営してて、あんなに沢山の人に別れを惜しまれていたじゃないですか。なのに、地獄に連れていかれちゃうんですか?」

 藤戸は再び溜息をついた。

「だから、嫌なんだよ。もしかしたら、遺族や知人に気付かれないよう、とんでもない悪さをしていた可能性があるって話になる。」


 そこで、藤戸が本当に火を見たのか、念押ししてきた意味がわかった。

 あれだけ善良で多くの人に慕われていた人間を、疑うことになるからだ。


「いや、確かに面白い!証拠は何もないが、まぁ、施設周りを一応、調べてみるよ。」

 千野は急に明るい声を出し、膝をポンと叩いた。

 と同時に、藤戸に向けられていた厳しい視線が、フッと消えた。


「すみません。思い過ごしだったら、こちらの狭山が責任をとりますので。」

 藤戸がサラッと言った。

「え!?俺のせいなんですか!?」

「おまえが見たって言い張ったから、千野さんに来てもらったんだ。当たり前だろ。」

「いや、その、ええぇ~……」

 狭山はどうにも承服できなかったが、それ以上反論もできなかった。




 2か月後。

 新聞の片隅に、小さな記事が載っていた。

『江藤児童養護施設、巨額詐欺事件が発覚。運転資金に流用か。』




「やっぱり、叩いたら埃が出たか。」

 藤戸は事務所で新聞を読みながら、呟いた。


「なんか、いろんな手口でお年寄りを騙して、集めたお金で施設を運営してたらしいですね。」

 向かいの席にいる狭山が、コーヒーを啜りながら言った。


「一体、どういう神経でやってたんだろうな。生い先短い年寄りから金を奪って、未来ある子供達を育てることに、意義があるとでも思ってたんだろうか。」

 藤戸が厳しい口調で言った。


「そんな形で支援をされても、子供達の心に傷が残るだけだと思うのですが……」

 そう言ったのは清澤だった。

 彼女の境遇からいって、色々と思うところはあるらしい。


「にしても、本当に悪さを働いてたってことは、俺が見たのは、やっぱり火車の火だったんでしょうか……」

 狭山がブルリと震えながら言った。

 今更ながら、恐くなってきたらしい。


「それはわからん。だが……」

 不意に藤戸が言葉を切った。

「だが、何ですか?」

「そう考えると怖いよな。俺達は火葬炉に遺体を運び込んだつもりで、火車の中にホトケさんを放り込んだことになるからな。」


 藤戸の言葉に、狭山も清澤もゾッとした。

 尤も、今回一番恐ろしかったのは、現在火葬炉の準備の為に不在である兼田だろうが。


「とりあえず、今回教訓として言えることは、人の涙はあてにしてはいけないってことだな。」

 藤戸は新聞を机に置いた。


「どういうことですか?」

 狭山が尋ねると、藤戸は皮肉めいた笑みを浮かべた。


「例え流れる涙の量が多くても、それがその人の徳の高さとイコールではないってことだ。今回みたいに故人が皆を騙しているかもしれないし、逆に遺族や知人が嘘の涙を流しているかもしれない。」

「なんか、何を信じていいのか、わからなくなる話ですね。」

 狭山が憂鬱そうに呟いた。


「だとしたら、実は今回のような怪異の方が、余程信頼できるのかもしれないな。」

 藤戸の話に、狭山と清澤は視線を落とした。


「皮肉な話ですね。」

「そうだな。」

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