表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
湊火葬場雑談記  作者: 蒼碧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

熱硬直

オチ担当:蒼風 雨静  それ以外担当:碧 銀魚

 小林家が火葬場に到着した瞬間、藤戸はその雰囲気に顔を顰めた。

 車から降りてきた小林家の面々は、誰しもが目線を合わせず、どこか険悪な空気が流れている。

 故人の死を悼んでいるのとは、また違った雰囲気であった。


「なんか、仲悪そうですね。」

 そう言ったのは、隣に立つ狭山だった。

 更にその隣の清澤も、綺麗な顔を若干顰めている。


「狭山、清澤さん。ああいう遺族は、何かしら問題を抱えていることが多いから、あまり刺激しないように気を付けろ。」

 遺族がこちらへ歩いてくるまでの間に、藤戸が押し殺した声でそう言った。

 二人とも、無言で小さく頷く。


「本日はご愁傷様です。遺族の皆様は、こちらへどうぞ。」

 三人揃って頭を下げると、藤戸は喪主と思われる中年の男性にそう言った。

 その間に、清澤が素早く他の遺族を火葬室の前室へ誘導し、狭山が霊柩車から出された遺体を、別ルートから同じく前室へ誘導する。


「どうも、宜しくお願いします。」

 喪主と思われる男は、素っ気なくそう言った。

 資料によれば、この喪主は故人の息子の小林で、亡くなったのは母親のはずだ。

 父親が見当たらないところを見ると、既に亡くなっているか、重病か認知症で動けないかのどちらかだろう。


「では、早速火葬の準備を致しますので、喪主様もこちらへ。」

 藤戸が案内すると、その後ろを小林は無言でついてくる。

 そこで、他の親族と合流したが、親族達は誰も喪主である小林と話そうとはしない。


「……嫌われてるのは、この喪主みたいだな。」

 藤戸は親族達の様子を見て、少し離れたところで呟いた。


 どこか険悪な雰囲気の中、兼田が棺のセッティングを終え、火葬炉の前に持ってきた。


「それでは、お別れとなります。これが最後の挨拶となりますので、遺族の皆様は棺の横へどうぞ。」

 いつもの段取り通り、藤戸がそう言うと、狭山が棺の小窓を開けようとした。

 だが。


「いや、それはいいんで、早く火葬をお願いします。」

 そう言ったのは、喪主の小林だった。

 小窓に手をかけていた狭山は、思わず小林を見てしまった。


「えっと、宜しいでしょうか?」

 藤戸も若干戸惑いながら、他の親族の方を見渡した。

 皆、異は唱えないが、それとなく喪主の小林を睨んでいるように見える。


「では、火葬に移らせて頂きます。」

 藤戸は狭山に目で合図を送り、開けかけた小窓を閉めさせた。

 そのまま、兼田が棺を炉の中に入れていき、鉄の扉が閉められた。


「ご愁傷様です。」

 その場の職員全員が、揃って頭を下げた。




 その後、清澤の誘導で、遺族は待合室へ案内され、兼田が器具類を片付けていた。

 残された狭山は、事務所へ戻る前に、火葬中の炉の方を何となく見ている。

「かわいそうになぁ。」

 狭山が呟いた、その時であった。


 ガタン!!


 突如、炉の内部から、大きな物音が聞こえた。

「えっ!?」

 狭山は思わず目を見張った。

 だが、それ以上、中からは物音は聞こえない。


「ちょ、ちょっと待って、まさか……」

 狭山は慌てて事務所へ行こうとしていた藤戸を呼び止めた。


「藤戸さん!ちょっと待って下さい!」

 狭山のあまりの血相に、藤戸は思わず足を止めた。


「どうした?」

「今、炉の中から物音がしたんですよ!もしかして、あの棺の中の人……」

 もしそうなら、喪主の小林が小窓を開けさせなかった理由に説明がつく。

 だが、そうだとしたら、これは立派な殺人だ。


「ああ、それなら大丈夫だ。ちゃんと死亡診断書も出ている。」

「え?でも……」

「というか、資料をちゃんと読めって、いつも言ってるだろ。その辺もちゃんと書いてあるから。」

「でも、だったら、あの音は……」

 今度は怪奇的なものが、狭山の頭に浮かんできた。


「多分、熱硬直だ。」

 藤戸はすんなりそう言った。


「熱、硬直?」

 狭山は聞いたことがない言葉だった。


「人間の体は約六十五パーセントが水分で出来ていると言われているが、火葬中はその水分が蒸発して、筋肉が収縮することがあるんだよ。」

「そうなんですか?」

「ああ。場合によっては前屈姿勢になったり、腕が曲がったりする。それが棺の蓋を叩いたり、落としたりするから、物音がすることがあるんだよ。」

 どうやら、藤戸の口ぶりからすると、割とよくあることらしい。


「そうなんですね。てっきり、生きたまま焼かれたのかと……」

「日本の場合は、医師による死亡診断と、二十四時間以上経過後の火葬が義務付けられているから、生き返ることはほぼないんだよ。」

「法律で決まってるんですか?」

「ああ。火葬に見せかけて焼き殺すなら、医師と葬儀屋と俺達火葬場の職員全員がグルにならないと不可能だから、効率が悪い。自殺に見せかけて、樹海にでも放置した方が、余程楽だよ。」

 藤戸はさらっと恐ろしいことを言って、事務所へ戻っていった。




 事務所へ戻ってしばらくすると、遺族を待合室へ案内していた清澤が戻ってきた。

「お疲れ様。」

 狭山が声をかけると、清澤はにこりと笑った。


「いえ、大したことはありませんでした。ただ……」

 清澤の表情が曇った。


「どうした?」

 コーヒーを啜っていた藤戸が尋ねた。


「一応、ご遺族に話を聞いてみたのですが……どうも、喪主の小林様とご遺族は仲が悪かったそうです。」

「まぁ、やっぱりだな。」

 藤戸は溜息をついた。


「亡くなった小林様のお母様は、以前から病気がちだったそうですが、息子さんは全く面倒を見なかったそうです。それで、最後は孤独死のような形になったそうです。」

 親族がいない人間の孤独死はよくあるが、子供がいても孤独死するのも、実は珍しいことではない。

 要は、人間関係なのだろう。


「でも、それだけであそこまで険悪になるかなぁ。」

 狭山が疑問を呈した。


「小林家はそこそこ裕福らしいです。お父様も既に亡くなっていて、遺産は息子さんが相続するそうですが、お母様が生前からその手続きだけは、しっかりやっていたそうです。実際、亡くなる前日もお母様の元を訪ねていたようですが、体調には気を遣わず、お金の話だけをして帰ったそうです。」

「で、翌日に帰らぬ人になったと。」

 それは親族の評判は悪くなるだろう。


「実際、息子さんは最近仕事を辞めたようで、いいタイミングで遺産が転がり込むようです。」

「今後は、親の金で悠々自適の生活ってわけか。」

 藤戸は思わず苦笑いを浮かべた。


「ありがとう、清澤さん。大体の状況は掴めた。」

 藤戸が礼を言うと、清澤がニコリと笑った。


「いえ。一応、注意しろとのことでしたので。」

 単に注意するだけでなく、内情を探ってくれる辺りが、清澤の優秀なところである。


「しっかし……」

 藤戸は手元に置いてあった資料を見た。

 そこには、『死因:虚血性疾患』と書いてあった。




 火葬が終わると同時に、清澤が親族を収骨室へ案内し始めた。

 その間に、兼田が火葬炉から遺骨を出し、藤戸がその遺体を見分した。


「ん?」

 途端に、藤戸が怪訝そうな表情になった。


「どうかしたんですか?」

 狭山が尋ねると、藤戸は遺骨の腹辺りを指さした。


「右腕だけが、体の上に乗っている。」

 藤戸は首を傾げながらそう言った。


 確かに、骨だけなのでわかりにくいが、右腕だけが体の上に乗り、その指先がまるでお腹を指さしているような形になっている。

 普通、棺に納める時は、胸で手を組ませるか、気を付けの形にするのが普通である。


「もしかして、熱硬直で腕が変な場所にいったんでしょうか?」

 狭山が尋ねると、藤戸は頷いた。


「多分な。だが、こんな風に片手だけがずれるのは珍しいな。それに……」

「まだ、何かあるんですか?」

 狭山が尋ねると、藤戸は胸の辺りを指さした。


「胸骨が殆ど残っていない。」

「胸骨?」

 胸骨とは、胸の肋骨が繋がっている部分である。心臓を守っている骨部分だ。

 確かに殆ど残っていない。


「それがどうしたんですか?」

「いや……一応、確認だけはしてみるか。」

 藤戸はそう呟きながら、収骨室へ向かった。




 収骨室には、既に清澤が連れてきた親族達が揃っていた。

 遺骨が運び込まれると、藤戸と狭山が並んで一礼する。


「それでは、これより、収骨を始めさせて頂きます。」

 藤戸がそう言うと、いつも通り、箸を掴み、骨の解説を始めた。

 だが、胸骨の辺りに話がいくと、その箸の動きをピタリと止めた。


「……小林様。お母様の死因は、確か心臓ですよね?」

 藤戸の言葉に、喪主の小林は眉を顰めた。


「ああ、そうだけど、それが何?」

 小林は明らかに憮然としている。


「実は火葬の場でよく言われることなのですが、生前、故人が病気を患っていた部分や、怪我をした部分、取り分け、致命傷になった部分の骨は、焼けにくいというのがあるんですよ。」

 藤戸の言葉で、狭山は以前、頭が焼け残っていた件を思い出した。


「それが何か?」

 小林は憮然としたままだ。


「お母様の遺骨は、心臓が死因になったにも拘わらず、胸骨が殆ど残っていません。代わりに、第九・十肋骨がしっかりと残っています。もしかして、お母さまが本当に悪かったのは膵臓で、患っていたのは糖尿病だったのではありませんか?」

 藤戸が小林を見た。


「そうだけど……それがなんかあるの?」

 小林の口調は相変わらずだが、その声には明らかに警戒の色がみてとれた。


「どれくらい前から?」

「一年くらい前だけど。」

 藤戸は小さく溜息をついた。


「となると、お母さまは糖尿病が原因で、虚血性疾患を起こしたことになります。元々、糖尿病患者は虚血性疾患や脳梗塞を合併症で起こし易いですが、適切なインスリン注射を行っていれば、すぐに大事に至ることはありません。ましてや、何年も患っていたならまだしも、わずか一年しか経っていない。」

 藤戸が勿体ぶって言うと、小林が近くの机をバンと叩いた。


「だから!何が言いたいんだよ、あんた!」

 狭山はあからさまにビビったが、藤戸は動じない。


「そう言えば、インスリン注射は腹部に打つのが、最も都合がいいそうですね。」

 藤戸は箸で、不自然な位置にある右腕を指した。


「そう丁度、この遺骨が指さしている位置辺りです。何なんでしょうね、これ?」

 藤戸が小林をじろりと睨んだ、その時だった。


「そう言えばあんた、ここ一か月、急にお母さんの薬を取りに行くようになったらしいじゃない。何でなの?」

 そう言ったのは、親族の一人だった。


「いや、母さんがしんどそうだったから、代わりに行ってあげてただけだけど……」

 小林が明らかに動揺しながら答えた。


「嘘おっしゃい!今まで、世話なんか一切してなかったのに、薬だけ取りに行くなんて、明らかにおかしいでしょ!」

 親族がそう言うと、狭山が「あっ」と呟いた。


「もしかして、インスリンを水か何かにすり替えて、死期を早めたとか?」

 さらっと言った狭山だったが、それで疑惑の目が、一斉に小林に向いた。


「い、言いがかりだ!どこにそんな証拠があるっていうんだよ!」

 小林は必死に叫んだ。


「まぁ、確かに証拠のある話ではありませんが、ご親族で一度調べてみてもいいかもしれませんね。」

 藤戸がそう言うと、狭山がうんうんと頷いた。

「注射器を調べてもらえば、何かわかるんじゃないですか?」

 狭山が無邪気に言った、その時だった。


「うるせぇ!」

 突然、小林が走り出し、近くにいた狭山が突き飛ばされた。


「狭山!」

 慌てて藤戸が狭山に駆け寄ったが、その隙に小林は遺族の間を縫って、収骨室から飛び出そうとした。


 だが、そこに清澤が立っていた。


「失礼します。」

 瞬間、清澤がひらりと小林を躱したかと思うと、素早く足を引っかけ、そのまま、すっ転ばせた。


「おい!捕まえろ!」

 途端に、親戚の男性衆が飛び掛かり、小林をその場で取り押さえた。


 それを見て、藤戸が素早くスマホを取り出す。

「清澤さん、狭山を頼む。俺は警察に連絡する!」

「わかりました。」

 そうして、尻餅をついたままの狭山を他所に、藤戸と清澤が嘗てないくらい、機敏に動き回った。




 その後、警察が到着し、とりあえずは狭山に対する暴行の罪で、小林は警察署へ連れていかれることになった。


「いやぁ、それにしても火葬場で捕り物とは、相変わらず面白いことするなぁ、君は。」

 そう言ったのは、藤戸の通報を受けてやってきた刑事だった。

 千野という名前らしい。


「別に、好き好んでやってるわけじゃありませんよ。」

 藤戸は溜息混じりに言った。

 どうも、この千野と藤戸は旧知の仲らしい。


「それで、遺骨はどうすればいいですか?」

 藤戸が尋ねると、千野は頭を掻いた。


「そうだなぁ、何にしろ、特殊ケースな上に、調べてみないと黒かどうかもわからないからなぁ。焼いた後だし、解剖もできないしな。とりあえず、一晩、火葬場で預かってくれ。」

「そうですか。前代未聞ですね。」

 藤戸はまた溜息をついた。

 当然、火葬場には遺体の保存スペースなどないので、台車に乗せたまま、待合室の一つにでも置いておくしかない。

 明日も、火葬の予約はいくつも入っているのだ。


「まぁ、藤戸君のお手柄ということで、宜しく頼むよ。」

「お手柄の褒美で、事件性がある遺骨を預かれっていうのは、ちょっと酷すぎやしませんかね。」

 藤戸の皮肉に、千野は愉快そうな笑みを浮かべるだけだった。




 藤戸が事務所に戻ると、狭山と清澤が不安そうに待っていた。


「どうなりましたか?」

 清澤が尋ねると、藤戸は肩を竦めて見せた。


「とりあえず、小林は警察署行きだとさ。遺骨は一晩、ここで預かって、明朝、警察が捜査するそうだ。」

「そうですか。」

 清澤がホッとしたような、そうでないような、複雑そうな反応をしている。


「それより狭山、怪我は大丈夫か?」

 藤戸が尋ねると、狭山は苦笑いを浮かべた。


「転んだ拍子にぶつけた尻と腕は痣ができそうですが、大したことはありません。」

「一応、労災の手続きを所長にお願いしておけ。」

 藤戸は言いながら、嫌な顔をしながら取り調べを受ける、下村所長を思い出した。

 下村所長も災難だ。


「それはそうと、清澤さんは凄かったな。よく、大の男を簡単に倒したね。」

 藤戸が話題を変えると、清澤の顔から笑みが消えた。


「……成人男性が暴れるのには、慣れてますので。」


 思わず、藤戸と狭山は顔を見合わせた。

 恐らく、彼女の父親のことだろう。

 きっと、彼女が成人し、父親が衰えてからは、ああいうシチュエーションが少なくなかったに違いない。


「そうか、余計なことを言ってすまなかった。」

 藤戸がそう言うと、清澤の顔に笑みが戻った。

「いえ、気にしないで下さい。」

 清澤の笑顔に、藤戸も苦笑いを返すと、ふと壁の時計が目に入った。


「もう九時か。明日もあるし、いい加減帰るか。」

「そうですね。」

 藤戸の号令で、清澤と狭山は帰り支度を始めた。


「一応、俺は応接室の遺骨を確認だけしてくるから、あれだったら、先に帰ってくれ。」

 藤戸はそれだけ言い残し、事務所を出た。


 すっかり暗くなった廊下を抜け、遺骨が置いてある待合室の扉を開けた。

 そこには、先程の小林家の遺骨が、変わらず置いてあった。


「かわいそうにな。最後くらい、綺麗に送り出してやればいいものを……」

 そう呟いた、その時だった。


「ん?右腕が……」

 見れば、腹辺りを指さしていた遺骨の右腕が、気を付けの位置に戻っている。


「警察か誰かが戻したのか……?」

 いや、警察が勝手に遺骨をいじるとは考えにくい。

 当然、湊火葬場のスタッフも、この状況で遺骨をいじったりしないだろう。


「……一応、故人の最期の遺志は、汲み取れたってことか。」

 藤戸は小さく呟くと、その場で静かに合掌した。

 そして、待合室の扉を、静かに閉めた。

好評(?)につき、第5弾です。

今回は、熱硬直という題材だった為、ミステリー要素が強めになりました。

まぁ、元々ホラー半分、骨ミステリー半分という塩梅の作品なのですが。

今後もゆっくり続けていこうと思いますので、宜しくお願いしますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ