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湊火葬場雑談記  作者: 蒼碧


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4/7

オチ担当:蒼風 雨静  それ以外担当:碧 銀魚

「はい、湊火葬場です。」

 事務所の電話がワンコール鳴り終わる前に、清澤が素早くとった。

 その様を、狭山はぼんやりと眺めている。


 清澤が湊火葬場で勤め始めてから、一月半が経とうとしていた。

 前任の松崎が辞めるまでの一か月間、清澤は研修という形で働き、その後は松崎の後を継いで、接客係や事務作業を主に行っている。

 見た目は綺麗な美人で、仕事の覚えも早く、物腰も柔らかなので、客からの評判もとてもいい。


「一見すると、非の打ちどころがないんだけどなぁ……」

 彼女の父親の葬儀でのことは、藤戸と狭山しか知らない。

 兼田も問題のブツを目にはしているが、詳細は話していない。


「はい、え?」

 不意に清澤の声に戸惑いが混じった。

 そのまま、表情を曇らせたまま、応対を続けている。


「……まさか、クレームか?」

 この湊火葬場は仕事ぶりが丁寧なので、クレームは殆どない。

 だが、決してゼロということではない。


「はい、わかりました、よく調べて、対処が必要ならば、善処致しますので、はい。」

 清澤はそう締め括って、電話を切った。


「清澤さん、何かあった?」

 狭山が尋ねると、清澤は浮かない表情で頷いた。


「それが、昨日の夜にウチの建物から煙が上がっていたという、近隣に住まわれている方からのお問い合せでした。」

「煙?」


 狭山は首を傾げた。

 そんなクレームは初めてだ。


「ええ。風向きの関係で、煙がその方の家近くまで流れてきたそうで、今後は気を付けてほしいとのことでした。」

「まぁ、確かに、ウチから流れてくる煙っていったら、火葬の時の煙だからな。縁起はよくないよね。」

 狭山は溜息をついた。


「でも、昨日の夜に火葬なんてありましたか?」

 清澤にそう言われて、狭山は「あっ」となった。

 そもそも、火葬場の営業時間は夕方までだ。


「夜っていうのが、若干微妙だなぁ。夕方でも、その人の認識では夜かもしれないし。」

「そうですね。昨日の最期の火葬は何時でしたか?」

「ちょっと待ってね。」


 狭山は昨日の火葬の資料を引っ張り出した。

 資料には火葬の詳細な作業時間が記録してある。


「昨日の最後の火葬は……あの木山っていう若い男性のやつだね。まだ、二十七歳だったんだね。」

 昨日終わった火葬の資料を、今日初めて読んでいる狭山であった。


「火葬の時間は、16時11分開始、終了は17時32分か。夜っていうには、微妙だなぁ。」

 狭山は首を傾げた。

 そろそろ夏の終わりだが、まだ日は長い。


 と、その時だった。


「どうした、二人して浮かない顔して。」

 事務所に入ってきたのは、藤戸だった。


「ああ、藤戸さん。今さっき、ウチから出た煙が、周辺の家近くまで流れてきたっていう電話がかかってきたんですよ。」

 狭山が説明すると、藤戸は眉を顰めた。


「煙が?その人にはどう説明したんだ?」

 藤戸が尋ねると、清澤のほうが口を開いた。


「とりあえず、調べて対処できるものならしますと伝えました。」

「折り返しの連絡は?」

「それは結構とのことでした。」

 それを聞いて、藤戸は頭を掻いた。


「なら、大きな問題にはならないな。」

「でも、煙が出てた時間が夜だったって、その人が言ってたらしいんですよ。調べたら、昨日は夜に火葬はしてなかったんですよ。」

 狭山がそう言うと、藤戸は溜息をついた。


「そもそも、ウチの火葬場は煙が出ないからな。」


「えっ?」

「そうなんですか?」

 狭山と清澤が揃って驚声をあげた。


「ウチに限った話じゃない。最近の火葬場は、発生した煙を二次焼却する仕組みがあって、更に細かい煤塵を除去するバグフィルターを通した上で、消臭装置まで通して、排気口から排出されるんだ。だから、ほぼ無色透明で臭いもない。」

「映画などで、火葬のシーンで煙突から出る煙を眺めるシーンとかありますけど、実際にはああいうことはないんですね。」

 清澤がそう言うと、藤戸は頷いた。


「ああ。昭和から平成初期までは、高い煙突から煙を輩出する火葬場が殆どだったから、未だにフィクションの世界ではそういうシーンがあったりするけどな。今でも地方の古い火葬場とかだと、そういう煙突式のところもあるだろうが、かなり少なくなったと聞くな。」


「となると、ウチから出てた煙って、何なんでしょうか?」

 狭山が首を傾げた。


「それだけどな。狭山、明日の午前は火葬の予約は入ってなかったよな?」

「そうでしたっけ?」

「また、資料読んでないのか。」

 藤戸が溜息をついた。


「明日、午前は火葬の予約はありません。午後に二件入っています。」

 そう言ったのは清澤だった。

 狭山とは違い、こちらはきちんと資料に目を通しているらしい。


「だよな。新人の方がしっかりしてるじゃないか。見習え、狭山。」

「はーい……」

 狭山は不服そうに返事をした。


「で、話を戻すが、明日の午前は暇だから、屋根の掃除をするぞ。」

「はい?屋根?」

 狭山が怪訝そうな顔になった。


「ああ。屋根にさっき言った排気口があるんだが、多分その周辺が汚れていると思う。掃除するから、おまえも手伝え。」

「ちょっと待って下さいよ。さっきの話だと、排気口からは綺麗な空気しか出ないんでしょ?何で掃除なんですか?」

 狭山は当然の疑問を口にしたが、藤戸は肩をすくめただけだった。


「まぁ、明日行けばわかる。」




 翌日。

 朝礼後、藤戸と狭山はデッキブラシと、館内から伸ばしてきたホースを持って、屋根に上っていた。


「まさか、火葬場で働いてて、屋根に上るとは思ってなかったですよ。」

 狭山が文句を言いながら、梯子を上っている。

「まぁ、これが仕事だよ。」

 藤戸は口数が少ない。


 そうして、屋根に上った狭山を待っていた光景。

 それは、真っ黒になった、排気口周辺だった。


「いっ!?すっごく汚れてるじゃないですか!」

 狭山が素っ頓狂な声を上げた。


「やっぱりな。」

 一方の藤戸は、うんざりしたように呟くだけだった。


「藤戸さん、ウチのフィルター、壊れてるんじゃないですか?煤だらけじゃないですか。」

 狭山が文句を言ったが、藤戸は首を横に振った。


「いや、普段はこんなに汚れないんだよ。」

「じゃあ、何でこうなってるんですか?」


 藤戸は徐に歩くと、排気口近くで立ち止まった。

「狭山、これ見てみろ。」

「何ですか?」

 狭山も藤戸の立つ位置まで近寄った。


「えっ!」

 次の瞬間、狭山は言葉を失った。


 手形があった。


 屋根にこびりついた煤に、薄っすらと手形のようなものが、ついていたのだ。

「藤戸さん……何でこんなところに、手形が……」


 狭山は冷汗をかきながら、尋ねた。


「昨日話したが、平成の初期までの火葬場は、高い煙突から煙を逃がすのが主流だった。だから、年に一回か二回、煙突内の煤払いが必要だったらしい。」

「えっと、何の話ですか?」

「まぁ、聞け。その煤払いの仕事をしてる人に話を聞いたことがあるんだが、煙突の内部の煤には、ほぼ確実に手形が残っているそうだ。」

「マジですか!?」

 狭山は思わず驚嘆した。


「しかも、下に行くほど増えていくらしい。大きさも形もまちまちで、たまに子供の大きさのものもあるそうだ。」

「でも、何で手形が……」

 狭山は若干、震えながら尋ねた。


「その人の話では、死んだ人は、必ず満足して死ぬわけではない、からだそうだ。」

「どういうことですか?」

「まだ死にたくなかった人は、何とか留まろうとして、煙突内に手をついて踏ん張ろうとするんじゃないか……ということだ。だから、煙突の下に行くほど、手形が多いらしい。」

「じゃあ、この世に未練がある人が、たまたま多く火葬されたら、その煙突は手形だらけになるってことですか……?」

「そういうことになるな。だから、子供や若い人を焼く機会が多いと、掃除が大変らしい。」


 藤戸のその言葉を聞いて、狭山は昨日の資料を思い出した。

 一昨日、最後に火葬した木山は、まだ二十七歳だった。


「ここは見ての通り、排気口があるだけで煙突はないが、突然、こうして汚れる日があるんだよ。大体、不本意な死を迎えた人を火葬した日が多い。若くして亡くなったとか、事故で急死したとかな。」

「こういう手形も、毎回あるんですか……?」

「毎回じゃないが、あることが多い。」

 藤戸は溜息混じり頷いた。


「あと、本来出ないはずの煙が目撃された時も、大抵、こうして汚れてるんだよ。」


 狭山は、藤戸が煙の話を聞いただけで、掃除を決めた理由を悟った。

 あの煙の話は、そういうことだったのだ。


「さて、お喋りはここまで。早く掃除を済ませないと、午後の火葬が始まるぞ。」

「はい、わかりました……」

 狭山は全く気乗りしなかったが、藤戸に促され、デッキブラシで屋根を磨き始めた。




 その後、屋根の掃除を速やかに終え、藤戸と狭山は予定通り、二件の火葬業務に向かった。


 だが、その内の一件は、まだ三歳の子供のものだった。

 珍しく狭山が資料を見ると、生まれつきの病気で、ずっと闘病中だったとのことだった。


「マジか……」

 狭山は資料を見て呟いた。

「おい、狭山!もう遺族が来てるから、早くしろ!」

 と、そこを藤戸に注意された。

 結局、資料を読んでいてもいなくても、藤戸には注意される運命にあるらしい。


 予想通り、火葬の時の親の嘆きぶりは壮絶だった。

 火葬炉に入れる時など、母親が棺に泣きついて離れず、このまま連れて帰ると言いそうな勢いだった。

 だが、その母親を諭したのは、清澤だった。

 火葬の時間は多少押したが、清澤が優しく、粘り強く、母親を諭し続けた。

 おかげで、母親は泣き叫びながらも、我が子を見送ることができた。


「清澤さん、お疲れ様。」

 火葬の最中、狭山が声をかけると、清澤は少し寂しそうな笑顔を見せた。

「いえ。でも、あそこまで悲しんでもらえるというのは、ある意味幸せなことですよ。」

 狭山は小さく頷いた。


「そうだね。でも、親子ってそういうものなんじゃないかな。」

「私は、できませんでした。」

 そう言った清澤の言葉は重かった。

 狭山は少し、しまったと思ったが、清澤は気にした風はない。


「でも、あそこまで惜しまれると、あの子も逝くのが大変かもしれませんね。」

「そうかもしれないね。」

 清澤と狭山は燃え盛る火葬炉を見ながら、そう呟いた。




 その日の業務終了後、藤戸と狭山は連れ立って湊火葬場を後にした。

 屋根掃除の労いとして、藤戸が晩飯を奢ってくれるとのことだ。


「っていうか、単純に掃除がきつかったです。煤って、あんなに落ちないもんなんですね。」

 狭山がぼやくと、藤戸も肩を回しながら頷いた。

「ああ。なんか、妙にあの煤は落ちないんだよな。何でだろうな。」

 藤戸の言い方に微妙な含みがあり、狭山はちょっと嫌な気分になった。


「それにしても、何で手形だけなんですかね?踏ん張ろうと思うなら、手足両方使いそうな気もしますけど。」

 ふと、狭山がそんな疑問を口にした。


「足がないからじゃないか?」

「え?」

「幽霊だから。」

 藤戸から返ってきたのは、極めてシンプルな答えだった。


 と、その時だった。


「えっ……」

 狭山は思わず立ち止まった。


「どうした?」

 藤戸もつられて立ち止まった。

 狭山は徐に、湊火葬場の方を指さした。


「煙が……」


 見れば、湊火葬場の方面から、煙が立ち上っていた。


 水蒸気を多く含んだ、独特の白い煙。

 それが、ちょうど屋根の排気口がある辺りから、遭魔が時の空に向かって揺らめいていたのだ。


「ああ、せっかく掃除したのにな。明日もう一回やり直しかな。」

 藤戸は何でもないことのように呟いた。

好評(?)につき、第4弾です。

今回から、メインキャラクターが3人体制になりました。

今後もこの形でやっていこうと思います。

今後も宜しくお願いしますm(__)m

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