『えー、何これ、わたし、聖女になってる!?』短編
目が覚めると、そこはいつもの六畳アパートではなかった。
天蓋付きのフカフカのベッド。バラの香りの枕。絹みたいなシーツ。壁には意味ありげなフレスコ画。窓の外には馬車と石畳。なんか、もう、空気からして中世ヨーロッパ風(知らんけど)。
……完全に異世界案件である。
鏡を見れば、ウェーブのかかったプラチナピンクの髪に、うるうるの水色の瞳。肌は透けそうなくらい白くて、唇は勝手にグロス塗ったみたいな桜色。どこからどう見てもファンタジーの聖女ビジュ。
「……えー、なにこれ、わたし、聖女になってる……!?」
これはアレだ、絶対「勇者様を癒してください」とか言われるやつ。美味しいスイーツ食べ放題、ふかふかベッドでうたた寝、イケメンに「聖女様……あなたの微笑みに救われます」とか言われちゃうやつ!
──の、はずだった。
でも、数日後のわたしはこう叫んでいた。
「聖女の仕事量どうなってんのよ!? むしろ労災認定されてくれ!!」
「聖女様! 癒しの祈祷、もうすぐ二百件目です! がんばってください!」
「次の視察先は北の難民キャンプ、三泊四日です! ついでに浄化の儀式と水質改善もお願いしたく!」
「えっ、いやちょっと待って、スケジュール詰めすぎじゃない!? お肌が限界なんだけど!?」
聖女、超絶ブラック職だった。
朝は五時起き。まず聖水の祈祷に始まり、病人の治癒、土地の浄化、飢えた民の施し、国王への報告、外交、書類作成、ついでに各地の聖堂視察ツアー。
「最近、目の下のクマがやばいんだけど……。てか鏡に映る顔、肌荒れてない? あのぷるぷるだった頃のわたし、どこいったの?」
誰かが言った。「聖女様は神に選ばれしお方ですから、疲れなんて感じないはずです!」
「はずじゃないよ! 感じるし、むしろ今、感じまくってるよ!!」
⸻
ある日。一人きりになれた隙に、こっそり城の隅っこでパンかじってたら、側近の青年がやってきた。
「聖女様。……最近、無理されていませんか」
その言葉に、反射的に笑ってしまった。
「無理しかしてないよ」
まさか、異世界で一番の癒しが、静かな時間と水分補給になるとは思ってもみなかった。
そんなある日。目の下にクマ(濃いめ)が出現。
肌もざらざら。あのぷるぷるだった頃の自分、もういない。
「最近お肌のハリが……」とつぶやいたら、補佐官がこう言った。
「さすが聖女様! 神秘の象徴たる“年輪の美”ですね!」
年輪言うなや!! お肌の歴史が刻まれてるみたいな言い方やめて!?
夜。鏡の前で、くたびれた自分を見ながらぼそりとつぶやく。
「……聖女も、楽じゃないわ……」
目の下のクマが誇らしげだった。
おわり