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玄関から入ると

 玄関から入ると、満智子さんの母、清美さんが出迎えてくれ、広々としたリビングに案内してくれた。


 そこには、大きなグランドピアノが窓辺に置かれていた。


 ベランダのガラスドアからは心地よい風が入り、白いレースカーテンが揺れていた。


 俺はしばらくリビングのテーブルの椅子に腰かけて、清美さんと二人で話をした。


 すると、着替えをすませた満智子さんもリビングに入ってきた。


 「何を話していたの?」と満智子さんが清美さんに尋ねた。


 「何にも。お天気のことと、史郎君のお母さんのことを話していただけよ」と言い、「お茶を準備するわね」とキッチンへ向かった。


 そうして、今度は満智子さんと俺が二人で会話をした。


 話をしているうちに、満智子さんがこれまでの経歴を語ってくれた。


 長く秘書として働き、ニューヨークでも十年ほど同じ仕事を続けていたそうだ。


 さらに、若い頃には短期間ではあるが、オーストリアのウィーンに音楽留学し、ピアノを学んだ経験もあるとのことだった。


 俺もアメリカのクーズベイでのことや、そこでの友人のことを話した。


 満智子さんは本当に聴き上手で、俺は色々なことを話すうちに、うっかり父のことを話してしまい、慌てて「このことは母には内緒で」と両手を合わせた。


 すると満智子さんは、少しだけ声のトーンを落とし、「秘密は誰にでもあるものよ」と真剣な表情を浮かべて囁いた。


 その時、清美さんが紅茶とチョコレートケーキを運んできてくれ、テーブルに並べた。


 紅茶からは柑橘系の香りが漂っていた。


 「このケーキは、ウィーンにいた時に作り方を教えてもらったザッハトルテよ。本場の味にも負けない、私の自信作よ。」と満智子さんは瞳を輝かせて話した。


 そのケーキはチョコレートの甘さの中にジャムの酸味が感じられ、紅茶によく合い美味しかった。


 食べ終えると、満智子さんはピアノの演奏を披露してくれた。


 演奏の前に、ベランダのガラスドアをしっかりと閉めた。


 「この部屋は防音になっているけれど、それでも音は漏れてしまうのよ」と言い、彼女はピアノを奏で始めた。


 俺は曲のタイトルを知らなかったが、楽しく、勇ましく、ときに密やかに、まるで情景が浮かぶような曲だった。


 演奏が終わると、俺は本当に心からの拍手を送った。


 満智子さんは瞳を潤ませながら「くるみ割り人形よ」と教えてくれた。


 その後、俺はたびたび満智子さんの家を訪れるようになり、一緒にお菓子を作ったり、パンを焼いたりするようになった。


 出来上がったお菓子は、三人で楽しくお茶を飲みながら食べた。


 それから、残りはお土産として、満智子さんが手書きのレシピと一緒に渡してくれた。


 彼女の書く文字は、細い指からは想像できないほど力強く、そして美しかった。


 しかし、俺には不思議なことが一つあった。


 楽しいひととき、それはいつも満智子さんの夫が不在の時だけだった。



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