小麦粉と冷凍保存している
小麦粉と冷凍保存している干し柿、そして真新しいダッチオーブンがある。
最初に作るのは、パンと決めている。
ダッチオーブンでのパン作りはすでに経験している。
クーズベイの学校主催のサマーキャンプに参加した際、焚火を使って焼いたことがある。
それぞれグループを作り、挑戦する形式だった。
俺はジャック、サムと三人で小さなグループを組み、挑んだ。
その時は、小麦粉にドライイースト、バター、砂糖、食塩を加え、水と混ぜてダッチオーブンで焼いた。
引率の先生から渡されたレシピを見ながら作業を進めた。
どのグループもワイワイガヤガヤと賑やかで、男子生徒は女子に張り切って良いところを見せようとしていた。
俺たち三人は静かにレシピ通りに計量し、顔や手を真っ白にしながら捏ね、生地の発酵を慎重に見極めながら焼く準備を進めた。
それにしても、こういう時になると男子は、どうして粗野になるのだろう。
生地を捏ねるときには騒ぎ立て、パンを焼くときには焚火の中にオーブンを入れ、その上に火のついた炭を盛り上げていく。
俺たちはレシピにある通り、火の落ち着いた炭の上に網を置き、そこにオーブンを据えた。
蓋の上には、パンが焦げないように少しの炭を乗せた。
結果は明らかだった。俺たちの焼いたパンは、小麦色に美味しそうに焼き上がった。
しかし、他のグループのパンは真っ黒に焦げていたり、中には炭のようになってしまったものもあった。
結局、俺たちのグループと、あまり男子に注目されていない五人の女子だけのグループが、こんがりと良い匂いのパンを焼き上げることができた。
出来立てのパンに、ピーナッツバターとストロベリージャムを添えて。
ジャックが「これも旨いんだ」と言い、ピーナッツバターをたっぷり塗ったパンに、持ってきていたバナナをスライスして挟み、皿に並べた。
キャンプ場の見上げるような高い木々のざわめきを聴きながら、熱い紅茶とともに味わった。
それは俺にとって、懐かしく、あの時のパンの香りが蘇るような記憶だ。
今回は、パン作りに欠かせないドライイーストがないが、それでもパンを作ることはできる。
それは、俺にはパン作りについて教えてくれた、美しい師匠がいたからだ。
いつも温かい雰囲気で人に接する「エリーゼさん」。
俺はエリーゼさんのパン作りに関しては、一番弟子を自負している。
しかし、あの日のエリーゼさんは、両手の長い指を固く握り締め、冷たい目で微笑んでいた。
綺麗な人だっただけに、その冷めた瞳がひときわ際立っていた。
心の隅に、そっと触れないように閉じ込めて、朧げにしておきたいような思い出。
それでも、あの日の青く澄み渡った空だけは、今も鮮明な記憶として残っている。