その日の朝、舟の中の
その日の朝、舟の中のいつものソファベッドで眠っていた俺は、花里に起こされた。
外はまだ暗く、吐く息は白く立ちのぼる。
寝ぼけていた俺は、寒さで一気に目が覚めた。
「史郎、何をしているんだ。もうすぐ夜が明けるぞ。」
家の板戸の前に立つ小六が声をかける。
三人はすでに冷たい井戸水で禊を済ませていた。
花里が濡れた麻布を差し出し、これで顔を拭けという。
顔と手を拭うと、意識がさらに冴えてきた。
やがて東の空が白み始め、薄紫の雲の向こうから、オレンジ色の朝日がゆっくりと昇る。
三人は並んで立ち、朝日に手を合わせて、頭を垂れる。
日の光に照らされながら、ゆっくりと静かに祈っている。
俺の目には、その静寂な光景が荘厳なものとして映っている。
彼らは何を祈っているのだろう。
大いなる存在、自然への畏敬や厄災への恐れ。
昨日への感謝、今日の平穏、そして明日への願い。
彼らの祈りがあることで、朝日は単なる光ではなく、何かを象徴するものとなっている。
俺は、朝日と祈る三人の姿の間に、崇高なものの存在の顕れを感じた。
それを感じた俺の心にも、尊いものは存在するのだろうか。
俺も三人の後ろで朝日に向かって、静かに目を閉じ、手を合わせた。
祈る俺の手に、誰かがそっと触れた。
「明けましておめでとうございます。」
花里が赤らんだ頬と白い息を吐きながら微笑んでいる。
真之介は俺に深々と頭を下げ、これまでの感謝と今年もお世話になりますと、新年の挨拶をした。
小六も「史郎、今年もよろしく頼むな」とペコリと頭を下げる。
「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。」
俺の堅苦しい挨拶に、小六はなぜか照れながら「それよりも、早く家で雑煮を食べよう。今日の雑煮には、つき網で捕まえた鶉の肉が入っているぞ。出汁が効いていて旨いぞ」と言って、俺の背中を押す。
俺は、鶉の肉と聞いて思わず唾を飲み込んだ。
椀から白い湯気が立ちのぼる。
鶉の脂が出汁に滲み出し、香ばしく焼けた餅に絡む。
餅を口に運んだ瞬間、温かさと出汁の香り、今はそれしか考えられない。
先ほどの厳かな気持ちは、どこへやら、心の隅に追いやられ、一椀の雑煮に気持ちは占められる。
どうやら今は、小さな家の中に俺の幸せはあるらしい。




