三週間後、ミラクルタケは
三週間後、ミラクルタケは二戦目に挑んだ。
前日の雨の影響で、後方から走るミラクルタケの馬体は跳ね上がる泥を浴びていた。
しかし、第四コーナーを回ると、初戦と同じく大外から一気にスピードを増し、直線で先頭の馬を追い抜いた。
そのまま一着でゴールするかと思われた。
だが、突然、何かにつまずいたかのように、ミラクルタケは転倒した。
馬はすぐに起き上がり、騎手もすぐに立ち上がった。
騎手はミラクルタケに駆け寄り、心配そうに左前脚を見つめた。
スタンドからは、馬券が白い花びらのように舞っていた。
今、武さんの前には、予後不良と判断され、安楽死処分を施されたミラクルタケが静かに横たわっている。
立てなくなった馬を、これ以上苦しませないための最善の選択だった。
ずっとミラクルタケの世話をしていた若い厩務員は泣いていた。
武さんは走ることから解放された馬を優しく撫でて慈しむ。
ミラクルタケは生きていた時のように、毛艶はうっすらと汗が滲んで輝き、まだ、ほんのりと温もりが残っていた。
「タケ、ありがとう。この仇は取ってやるからな」
武さんは、そうつぶやくと挨拶も早々に競馬場をあとにした。
その後、武さんは家族への何の相談もなく、水田や耕作地を売却した。
そして再び競走馬を購入しようと計画する。
しかし、その願いは叶わなかった。
妻との離婚協議と、それに伴う慰謝料の支払い。
競馬にのめり込んだ武さんには、娘二人を含め、誰も武さんの味方にはならなかった。
武さんは資金面から考えて馬の購入を断念せざるをえなかった。
武さんは広い家に一人取り残され、静かな生活を始めた。
毎朝、決まった時間に起きて家事をこなし、農作業に従事する。
余暇には競馬に関する本やスポーツ新聞の競馬欄に目を通す。
武さんの心から競馬への熾火が消えることはなかった。
むしろ火力を溜めて黒洞々と燃える埋火となった。
週末になると、赤いボールペンで印をつけた新聞と大学ノートを手に競馬場へと足を運ぶ。
そんな武さんの姿を見て、地元の住民はいつしか馬の名を重ね、彼のことを「ミラクルタケ」と呼ぶようになった。




