二週間後、東京から
二週間後、東京から帰ってきたトオルは、すっかり様子が変わっていた。
夏は丸刈りに麦わら帽子が定番だった彼が、野球帽を被り、黒いサングラスをかけていた。
そのファッションセンスは、まるでストリートギャングの一員のようだった。
---トオル、この田舎には農道と田んぼのあぜ道しかないぞ---
先が思いやられ、頭が痛くなってきた。
彼は風を切りながら歩み寄り、俺に「Hey Bro!」と声をかけてきた。
笑いのボディーブローを食らったような感覚になり、腹部に痛みが走った。
今回、彼のレクチャーは「ビートボックス」
海へ行く車内で、トオルは舌を鳴らしたり口に手を当てたりして、いろいろな音を出し続けた。
そのおかげで、海へ着いたときには酸欠状態で青い顔をしていた。
落ち着くまで、しばらく砂浜で海を眺めながら話をした。
東京では「My Man」と呼ばれるラップ仲間ができたらしい。
仲間内では、豊富なFワードを駆使し、一目置かれる存在になっているようだ。
「トオル、すごい!」という声が上がり、MC Tallの鼻だけは高くなっている。
「史郎、俺さ、仲間から『いいとこまで行けるんじゃね』と言われ、迷ってるんだ」
---トオル、止めておけ。おまえはどこにも行けない。迷っているのではなく、いつもの妄想に惑わされているだけだ---
「実際、俺さリアルの波より時代の波に乗ってる感じじゃん……あっ!これ、リリックに使えるわ!」
それ以来、俺は一人で海に行くようになった。
幸い、高校卒業までに運転免許を取得しており、祖母から軽トラを借りることができた。
これまでトオルに付き合って週末だけだったが、人の少ない平日に行くようになった。
深夜、軽トラを走らせ、コンビニでおにぎりや飲み物を買い、クーラーボックスにしまう。
せっかくなので、知らない町や海岸へ足を延ばすようにした。
知らない夜の道を走ると、そのまま違う世界へ行けそうな錯覚に囚われる。
目的の場所に到着すると、ボードとクーラーボックスを抱えて砂浜へ降りる。
他のサーファーがいてもいいはずなのに、不思議なことに今夜は誰もいない。
ウェットスーツの下に防水の財布を首から下げ、海に入りボードに身を預けた。
夜明け前、月明かりのおかげで房総の海は暗闇から救われている。