大学進学のため東京で
大学進学のため東京で一人暮らしを始めたトオル。
しかし夏になると、毎週末サーフィンの再開を理由に実家へ帰ってきていた。
ある日、サーファーを目指し、髪を伸ばしていたはずのトオルが、
パンチパーマをかけていた。本当はドレッドヘアにしたかったらしいが、
髪の長さが足りず妥協してパンチパーマにしたのだという。
そう、彼の「モテたい」はサーファーからラッパーへ移行していた。
トオルはいつの間にか、東京で活動する地下アイドルのヒップホップデュオに嵌っていた。
その地下アイドルの、キャッチコピーは「歌って踊れる何でもできる」
全方位を狙った二人は金髪と茶髪、目の周りを黒く囲むエジプトメイクを施している。
そしてチアリーダーのユニフォームに編み上げロングブーツを組み合わせ、さらに背中にはコスプレ用の大きな羽を背負うという独特なスタイルだ。
彼女たちの、あらゆる要素を取り入れての、無差別絨毯爆撃の結果。
コアでレアなファンしか残らないニッチなユニットが完成した。
それに夢中となったトオルとって、ラップは彼女たちに近づくための手段でしかない。
そういえば、彼の指にはダイヤの付いたごつい印台が、首には金のチェーンが光っている。
聞けば、亡くなった祖父の指輪と祖母が身に着けていたネックレスをねだって手に入れたのだそうだ。
それ以降、トオルから事あるごとにラップに関する知識を聞かされるようになった。
歌詞の作り方、韻を踏む技術、メロディに乗せるコツなど、こと細かに説明する。
例えば「lyric(歌詞)」「rhyme(韻)」「flow(メロディに乗せる)」など、英語の専門用語まで引っ張り出し解説する。
---まさか、お前から英語のレクチャーを受けるとは思わなかった---
トオルは「MC Tall」として、自称「心の叫び」を歌詞にしている。
---MC Tallって、おまえ、俺より背が低いじゃないか---
彼は誇らしげにいくつかの作詞を見せてくれた。
その内容といえば「フラフラしている俺」「人付き合いが悪い俺」など、自分のことは棚に上げて、俺のことをテーマにした、かなり上から目線の作品ばかりだった。
---心の叫びって、自分のことを書くものじゃないのか、いつからおまえは俺の代弁者になったんだ、何で俺は社会不適合者設定なんだ?---
何だか、むかむかと腹が立ってきた俺は、トオルに言った。
「トオル、俺をネタにするより、おまえが夢中になっている地下アイドルで作れよ」
「えっ、例えばどんな?」
「例えば、あの二人すごい化粧してるけど、メイクを落とせばはにわだよ、はにわ!」
「……」
「だから、西のエジプト文明が長い旅路の果てに、東の古墳時代と邂逅するみたいな」
「……」
「化粧したら遮光器土偶、とすると縄文文明か。でもやっぱりはにわだ、踊るはにわ。ウハハハ」
殴られそうな勢いで逆切れされた。
仲直りするためにトオルが強引に売りつけられた、
二人が写るブロマイドを、一枚引き取る羽目になった。