夏だというのに
夏だというのに、海を渡る今日の風は心地よく涼しい。
俺はゲルで作った製氷皿を使って氷を作り、それを桟橋へ持ってきた。
隣では、善がゲル製のシートに包まれた大小の氷を食べたり、首に当てたりして楽しんでいる。
家ではみんなが夏の氷を喜んでくれたが、小六は食べ過ぎておなかの調子を崩してしまった。
そのため、彼はしばらく氷を禁止されている。
「ところで史郎、この前話してくれたヒップホップって、ラップとはどんな音楽なんだ?」善が尋ねてきた。
俺はトオルの受け売りで答えた。
「ラップは、拍子に合わせて言葉を話したり歌ったりする形式の音楽だよ。特徴は『韻を踏む』ことで言葉の最後の音を拍子に合わせて繰り返したり、響きが似た言葉を使って独特の調子や雰囲気を生み出すんだ。それがラップだ。」
善は氷をかじりながら聞いていた。
「ラップでは、自己主張や思いを伝える力がとても重要なんだ。世の中の出来事や事件、自分の体験や感情を言葉で表現するんだよ。」
さらに俺はラップバトルについて、まずは歌合戦のようなものだと例えた。
そこから即興性が重要であり、韻を踏む言葉の応酬を通じて、観客や審査員を楽しませる競技であることを伝えた。
「これは言葉の戦いで、相手を巧みに煽ったり、面白さや機知を使って相手を圧倒したりするんだ。」
その後、俺はラップを披露することになった。
氷を入れてきた桶をひっくり返し、手で叩いてリズムを取ると、善も桟橋を踏み鳴らしてリズムを合わせてくれた。
俺たちの奏でる音に、いつか放流した鯛たちが水面に集まってくる。
観客も徐々に集まってきたので、俺はいくつかのラップを披露した。
すると善は、「以前、蓄音機でラップを聴いたことがある」と言い出した。
俺は「蓄音機の時代にラップが存在するわけがない」と思い、それを否定したが、善は譲らない。
彼いわく、それは確かに聴いたものであり、しかも日本語のラップだったという。
善と俺の話は平行線のまま終わりそうだったが、彼が提案してきた。
「ラップバトルで決着をつけよう!」
「善、大丈夫か?本当にラップを理解しているのか?」
「史郎、大丈夫だ。手加減なしで勝負だ!」
俺は再び桶を叩き、善は桟橋を踏み鳴らす。
水面に顔を出した鯛たちが、観客のように黒い瞳で俺たちをじっと見つめていた。




