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初夏の桟橋から眺める海は

 初夏の桟橋から眺める海は、いで静まり、波はたゆんでいる。

 

 風もなく、筵の下にいても暑さがじわじわと体にこもってくる。


 俺はいつものように桟橋の先端で釣り糸を垂らしている。


 隣には善がいて、無言で釣り糸に視線を落としている。


 その顔には、うっすらと汗が滲んでいた。

 

 善は「三日に一度は山から下りてくる」と常々口にしているが、実際にはなかなかそうもいかず、今回は一週間ぶりの再会だった。


 空は青く澄み渡り、じりじりとした日差しが降り注ぐ中、海面には魚影の気配はまったくない。


 ただ、暑さがゆっくりと俺たちの思考を溶かしていく。


 しばらくの沈黙の後、善が話しかけてきた。


 「史郎、おまえは真之介に歌を聞かせたり教えたりしているそうだが、本来、誰が歌っているんだ?神社では白拍子しらびょうしが舞いながら今様という歌謡を奉納し、農民は豊作や作業の無事を祈りつつ田楽を踊り歌う。漁民は舟歌と囃子言葉で息を合わせて作業する。おまえの国では、誰が、どんな役者が歌うんだ?」


 俺は緩んだ思考の中で、ぼんやりと答えた。


「そうだな。歌や音楽にはいろいろな分野があって、それぞれに歌手もたくさんいるんだ。蓄音機で様々な種類の歌を聞いただろう。」


 俺の曖昧な答えに善は納得がいかない様子だった。


 さらに質問を重ねようとする気配があったが、暑さに参っている俺は説明する気力を失い、財布の中に手を伸ばした。


 そして取り出したのは、トオルと仲直りするために引き取った地下アイドルのヒップホップデュオのサイン入りブロマイドだった。


 ブロマイドには、金髪と茶髪の二人がエジプト風のメイクを施し、チアリーダーのユニフォームに編み上げロングブーツを合わせ、大きな白い羽を背負った姿が写っている。


 金髪の方は両手の中指を立て、挑発的なポーズを決めていた。


 茶髪の方は左手を前に突き出し、本人は銃を模しているつもりらしいが、その人差し指のポーズは、まさに「フレミング左手の法則」。


 しかし、彼女たちがその本来の意味を理解しているとは到底思えない。


 中学時代に習ったことを覚えているとも考えられなかった。


 俺はそのブロマイドを善に手渡し、話を続けた。


 「善、これはおまえが今まで聴いたことのない種類の音楽だけど、ラップを歌う二人組だ。彼らはヒップホップと呼ばれる形式で歌いながら、踊りもこなしている。」


 善は筵の日陰で目を細めながら、じっとそのブロマイドを見つめている。


 彼が彼女たちの姿をどう解釈しているのか、俺には見当がつかなかった。


 何も言わず、じっと見つめる善の姿が妙に印象に残った。


 相変わらず穏やかな海が広がり、暑さと共に時間がゆっくりと溶けていく。


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