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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
それぞれの道
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史郎が荷車を引き

 史郎が荷車を引き、小六を伴いながら無邪気に歌を歌い、出かけていった。


 彼が何者なのか、いまだに理解できない。


 あの日、俺たちは彼の後ろをついて彼の家の前までやって来た。


 彼は俺たち二人を家に招き入れ、ここに住むことを勧めた。


 さらに、食べ物も自由に食べてよいと許可したあと、夕暮れに家を出て行った。


 俺は彼が神か仏の化身なのかと信じられないまま、その夜はその家で眠った。


 翌朝、花里は楽しそうに朝食の準備を始めた。


 そこへ史郎の友人を名乗る善が現れ、彼は当然のように俺たちと同じく朝食を取っていた。


 その後、史郎は出かけ、善の案内で家の裏にある森へ花里と二人で案内された。


 そこには冥府のような空間に繋がる入り口があった。善は平然とその中へ入り、俺たちを招き入れた。


 恐る恐る中に入った俺たちは、善に不思議な仕掛けのある箱から「音楽」というものを聴かせてもらった。


 それは音の集合であり、不思議な声明しょうみょうだった。


 初めての経験に、体のすべての臓器が掴まれ、思考を揺さぶられるような感動を受けた。


 俺は初めて聞いた「音楽」に足を震わせた。


 そんな様子を見た善は、「他にも日本語の歌もあるぞ」と教えてくれた。


 その後、お湯で体の汚れを落とすことを勧められた。


 頭から降り注ぐお湯は奇麗で、これはいわゆる甘露かと思った。


 それから、不思議な仕掛けに拘束され、俺は歯を一本、花里は二本抜かれた。


 昔、俺が住んでいた村の寺で、地獄に落ちた者たちの末路を描いた絵を見せられたことがある。


 その恐ろしい絵には、焼かれる者、寒さで体が裂ける者、串刺しにされる者、舌を抜かれる者など、さまざまな地獄の光景が描かれていた。


 地獄では悪人は舌を抜かれるというが、俺たちは歯を抜かれた。


 俺たち兄妹はひどく困惑した。


 そして、善が地獄の小鬼なのか、極楽の天童なのか、分からなくなった。


 俺は恐る恐る善に聞いてみた。


 「もしかして、俺たちは本当は死んでいるのか?桟橋で出会った男は幻だったのか?史郎は阿弥陀なのか、それとも閻魔なのか?」


 その問いに善は答えた。


 「史郎は阿弥陀でも閻魔でもない。俺たちと同じ人間だ。俺も史郎がどこから来たのか、どこへ行くのか分からない。ただ、いつも寂しい目をして、自分自身を、この世界を俯瞰ふかんしているだけなんだ。それでも史郎は俺の親友で優しい男なんだ」


 続けて善は黒目勝ちの目でこう言った。


 「仮に史郎が閻魔だとしても、閻魔も仏の眷属けんぞくだから安心して救われろ」


 そして今度は、善はいたずらっぽい目をして笑いながら言った。


 「この舟のことは内緒だぞ。誰かに喋ると、今度は本当に舌を抜かれるぞ」


 その後、いくつかの「音楽」を聴かせてもらった。


 どれも俺を魅了したが、それよりも俺は史郎が時々歌う歌が好きだった。


 畑仕事をしながら、嬉しい時、それから夕食の後、夕暮れの残る光の中で、歌う寂しい歌には、特に心を惹かれた。


 いつか、その歌の意味を教えてもらおうと思っている。




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