米俵を運んだ翌朝
米俵を運んだ翌朝、史郎が歌を口ずさみながら、舟から家へ戻ってきた。
その様子は楽しげで、明るい雰囲気が伝わってきた。
俺には、彼が歌う歌詞が、時々わからないことがある。
暮らし始めた当初、夕暮れに史郎と畑仕事をしていた時、彼はまったく知らない言葉の歌を口ずさんでいた。
尋ねると、それは「海の向こうの国の言葉」だと教えてくれた。
そして、彼は俺にもわかる「童謡」というものを教えてくれ、歌ってくれた。
それはカラスが鳴く理由を語る歌だった。その歌詞は両親を失った俺にはつらく感じられた。
歌ではカラスには山に七つの子がいて、その子が「かわいい、かわいい」と鳴くという。
それを聞いた俺は、胸が締め付けられるように悲しくなった。
俺たちの村は飢饉によって壊滅し、生き延びるために村人たちは流浪の道を選ぶしかなかった。
多くの村人が飢えや病で命を落とし、野盗に襲われ、いつの間にか家族だけが残った。
だがその家族も、父が先に亡くなり、続いて母も失った。
母が亡くなったあの冬の日のことは今でも鮮明に覚えている。
棄てられた廃村の廃屋で、母は俺の耳に口を寄せ、か細い声で何度も「ごめんよ、ごめんよ」と嗚咽し、最後に「花里を頼んだよ、頼んだよ」と言い残して、息を引き取った。
それ以来、俺は妹の花里を守るため、生き抜くことに必死だった。
放浪の果てにたどり着いたこの村で、俺は小六に助けられ、山で暮らし始めた。
そして、今年も厳しい冬を越え、春が訪れた。
暖かな日差しに誘われて浜辺を歩きながら、飢饉前の幸せだった日々を思い出した。
その時、花里が突然母に会いたいと言い出し、それを聞いた俺も母親に無性に会いたくなった。
気がつけば、花里の手を引いて、何かに魅入られたように桟橋へ歩き出していた。
桟橋の先には、不思議な雰囲気を漂わせる男が莚の下に座っていた。
彼の脇には、竹皮の包みが置かれ、そこから漂ってくる食べ物の匂いに常に飢えている俺たちは目が離せなくなった。
やがて男は優しい目で俺たちを見つめ、その包みを手渡してくれた。
包みを開けると、中には俺たちが食べたことのない白米のおにぎりが入っていた。
それを見た瞬間の花里の笑顔は、俺は一生涯忘れられない。
その笑顔を見て「花里を守る」という母との約束を思い出した。
そして、死の淵に立ちかけていた自分が、この男の優しさに救われたことに気付いた。
俺は、この不思議な男に俺たちのこれからを託そうと決意した。