治療を終えた小六は
治療を終えた小六は、目を閉じ、口を開けたまま、起き上がる気配がなかった。
心配になって顔を近づけると、彼が呼吸をしていることが分かったので安心した。
どうやら、彼は恐怖のあまり気を失っているようだ。
おそらく、アームから針が伸び、もう一方のアームの爪が回転し始めた瞬間に、恐怖のあまり失神してしまったのだろう。
何度か彼の頬を軽く叩くと、ようやく目を開けた。
最初は状況が把握できず、どこにいるのかも分からない様子だったが、徐々に意識が戻るにつれて恐怖が蘇り、泣きそうな表情を浮かべた。
ところが、心配そうに彼を見ていた花里と目が合うと、彼は一転して表情を変え「何だ、もう終わったのか?寝ていたから気づかなかったわ」と強がりを言った。
誰もがこの状況を理解していたが、そこは“優しさ”だった。
誰もそのことには触れなかった。
診察台から降りた小六は少しふらついていたが、歩き出した。
そのまま舟から逃げ出すのではないかと思っていた。
しかし、彼のその後の行動は意外なものだった。
彼は静かに部屋の中にある彫刻が施された木製の長椅子に近づき、食い入るように見入っていた。
まずは長椅子の表面を撫で、材質の香りをゆっくりと嗅いだ。
その後、一つ一つの彫刻を指先で触れながら、その精巧な仕上がりを確かめていた。
真之介の話によれば、小六は孤児であるものの、兄妹とは異なる事情を抱えていた。
彼の父は木地師で、木工技術を生業とし、山々を渡り歩く集団の一員だったという。
小六は幼い頃に母親を亡くしたが、父親とともにその集団で生活を続けていた。
しかし、三年前に父が病気で亡くなると、小六は集団内の叔父の家族に身を寄せることになった。
ところが、その叔父との関係がうまくいかず、二年前にその集団を飛び出した。
それ以来、小六は一人で山々を移動しながら生活しているという。
現在十三歳になる彼は、今でも父から受け継いだ木工道具を大切に手入れし、持ち続けている。
「こんな香りのする木材は初めてだ!」と彼は興奮気味に声を上げた。
「彫られている人や動物の感情が、まるで伝わってくるようだ」と言い、夢中になっている。
そんな彼の姿を見ているうちに、俺は彼と少し仲良くなれそうな気がした。




