まったく俺に気づいていない少年
まったく俺に気づいていない少年に、後ろから声をかけた。
彼は振り向き、俺に攻撃的な視線を向けた。
---えっ。俺、何か悪いことしたのか?---
険悪な雰囲気の中、無言で対峙していると、「小六、小六!」と家から出てきた花里が少年に声をかけた。
小六と呼ばれた少年は、今度は俺の存在などなかったかのように無視し、花里との会話を始めた。
「花、花、元気か?俺は心配していたんだ。いつもいた山にも浜辺の松林にもいなかったから探していたんだ。大丈夫なのか?」
その時、朝食前に家の裏で畑仕事をしていた真之介も現れ、三人は再会を喜び合っていた。
どうやら、その少年は兄妹が住む場所を探して浜辺をさまよっていた際に出会い、山での生活を提案したようだ。
少年もまた孤児だった。
ひとまず家に入り、四人で朝食を共にすることになった。
真之介と花里が給仕をし、四人の前には、いわしの丸干し、菜の花の味噌汁、海苔、それから山盛りの玄米ご飯が並べられた。
小六と呼ばれる少年は、予想外の出来事に驚きの表情を浮かべていた。
おそらく、二人がこれほど満足できる食事を得られる状況に心を動かされていたのだろう。
そんな小六に、花里が満面の笑みを浮かべて話しかけた。
「ここに来てまだ数日しか経っていないけれど、ここではお腹いっぱいご飯が食べられるんだよ。食べることを心配しなくていいんだよ」
花里のその笑顔に、小六は蕩けるようなほほ笑みを返した。
花里は続けて言う「すべては史郎様のおかげなの」
その言葉に対して、小六は鋭い三白眼で俺のことを睨みつけてきた。
---あの花ちゃん、“様”は要らないからね。彼の目は本当に怖いから。---
こうして四人で食事が始まった。
真之介は、今日の糧に感謝しながら、静かに食べている。
花里は、皆と一緒に食事ができる、喜びを噛みしめている。
小六は、息を荒げながら、怒ったようにご飯をかき込んでいる。
そして俺は、何の罪も疚しさもないのに、訳の分からない罪悪感に苛まれている。
ここには、感謝、幸福、焦り、そして罪悪感という異なる感情が交錯していた。
部屋には、独特の緊張感と静けさが漂い、不思議な雰囲気が広がっている。
そんな中、俺にはどうしても言いたいことがあった。
---小六よ、ご飯はよく噛まないと消化に悪いぞ!それから、どうしてそんなにイワシを睨んでいるんだ? イワシに何か恨みでもあるのか?---
しかし、それを口にしようとしたその時、不思議な雰囲気の壁を破り、新たな人物が現れた。
俺は、タイミングよく現れた善に救いを見いだし、この複雑な状況を彼に丸投げすることにした。




