天台宗権大僧正の義尚
天台宗権大僧正の義尚。
彼の視線は俺の目をしっかりと捉え、まるで他者の存在が消えたかのように、俺に十円玉について質問を始めた。
「まずは裏面について尋ねる。この『10』は何を示しているのか?」
俺は彼の迫力に圧倒され、先ほどまで冷静に話そうとしていたことをすっかり忘れ、嘘八百を並べてしまった。
「それは彫金師の家紋でございます。名前は昭和で、六十三歳のときに作ったと聞いております」
義尚は謎が一つ解けたことで安心した様子だったが、俺は全身から汗が噴き出す思いだった。
彼の話と質問は続く。
「では、表面について尋ねさせてもらう。日本国、鳳凰堂、この二つは理解できるが、十円、この十円が分からぬ」
俺は追い詰められ、焦りまくっていた。
「それは発案者の名前、つまり発起人。発起人でございます」
少し難しい表情を浮かべた義尚だったが、「なるほど、十円は人の名前だったのか」と納得したようだった。
しかし、彼の疑念はさらに深まっていく。
「そうなると、わしの疑問と謎はさらに深まる。十円なる人物は、これほどの銅銭を企画し、さらに、これだけのものを鋳造する権力と財力を持つ人物。わしには、まったく思い当たる人物がいない。一体、十円とは何者なのだろうか?」
俺は何も思い浮かばず、答えに困ってしまった。
「そ、それは……」
義尚は最後のピースをはめるべく、俺の答えを促している。
「どうした、早く教えてくれ」
「……」
しびれを切らした有時が床几から立ち上がって怒鳴った。
「ええぃ、早く返答せい!」
「……」
無言の俺に対して、大広間には緊張感が漂い、殺気を孕んだ役人の一人が刀の柄に手をかけた。
それでも、俺は答えることができず、震えることしかできなかった。
その時、後ろに控えていた善が、膝をすりながら前に進み出て、大音声をあげた。
「恐れながら、申し上げたいことがございますが、よろしいでしょうか?」
まだ怒りが収まらない様子の有時だったが、善の幼さが残る雰囲気に、一瞬だけ気持ちが和らいだのか、それを許可した。




