小六が新右衛門さんに代わって
小六が新右衛門さんに代わって案内役となり、義浄房さんを再び主屋へとお通しした。
広間に入ると、畳を敷いた上座に義浄房さんを真ん中に、その左右へ新右衛門さんと善に座ってもらう。
三人の表情からはすでに緊張が消え、和やかな空気の中に、香の匂いだけがわずかに残っていた。
俺は三人の正面に座り、改めて感謝の言葉を述べて深く頭を下げた。
俺の言葉に、義浄房さんは広間に残る香までも包み込むように受け取ってくれた。
新右衛門さんは、新しい木の匂いが立つように実直に受け止めてくれた。
善は、日の光が薫るように温かく迎えてくれていた。
三者三様でありながら、そこには通い合うような心地よさがあった。
広間を通る風も、肌を撫でていくように柔らかい。
そこへ小六、真之介、花里の三人が膳を運び、座る三人の前にそっと置く。
膳には、干し椎茸で出汁を取った塩のすまし汁が一椀だけ。
汁に浮かぶ彩は青菜のみ。
祝いの膳としての作り方も作法も、この日のために花里が梅菊さんから教わってきたのだという。
明けぬ朝からは、真之介と二人で十字を蒸し上げていたらしい。
米粉を平たく丸めて蒸し、仕上げに十文字の切れ目を入れる。
『十字』と書いて『むしもち』と読ませる祝い膳なのだという。
そんな読みがあるとは、教えられなければ知りようもない。
供し方にも決まりがあるらしく、花里が皿に乗せられた蒸し餅を、家の主人である俺に供せよと持たせてくる。
何も聞いていない俺はどうすれば良いのか分からず、その場で花里に作法を尋ねた。
花里は俺の耳元に口を寄せ、秘密めいて囁く。
その様子を、義浄房さんは少し目を伏せ、変わらず優しく見守ってくれていた。
作法を聞き、俺はぎこちなく膝を進め、そっと皿を義浄房さんの前に置く。
義浄房さんは数珠を手にかけ、目を閉じて一礼し、両手で皿を引き寄せ、一つ餅を膳に移す。
その後、俺は善、新右衛門さんへと蒸し餅を供した。
その順番が正しいのかどうか、自信はなかった。
三人が餅を膳に移し終えると、義浄房さんは餅の十字の切れ目に指を添え、静かに割る。
そうして餅を汁に沈める。
白はゆっくりと黄金色に変わっていった。
食べる側にも定めがあり、三口で食べる。
一口目は仏へ、二口目は施主の善根へ、三口目は自らの修行へと、音を立てずに食べていた。
それこそ、ゆっくりと咀嚼し、五臓六腑に汁を染み渡らせるように。
その間、緊張の糸は張られたまま、握った手のひらに汗が滲み、ひやりとした。
自分の行動が、この細かな所作に縛られた場の空気を乱さないか、そればかりが気になっていた。
その後、花里が熱いお茶を三人の膳に供し、俺はやっとお役御免となった。
義浄房さんは掌に包んだ茶を飲み干すと、膳に椀を置き、それを脇にずらす。
衣を直し、姿勢を正して、「けふの御膳、忝く頂戴仕り候ふ。」
数珠を手に持ち、少し目を伏せて両手を合わせる。
広間には、数珠の擦れる音だけが、わずかに耳へ届いた。
その立ち振る舞いには、凛とした品がある。
続く言葉にも、その謙虚な美しさはそのままに現れていた。
今日の吉日、かくも清らかな場に立ち会えたことの仏縁に感謝され、これまで俺が寺へ持って行った蜂蜜や干し椎茸、味噌などの供物にも改めて礼を述べられた。
そして今後も変わらぬ良き檀那であってほしいと、穏やかに言葉にされる。
さらに言葉を継ごうとしたが、俺の少し緊張した様子を見たのか、義浄房さんは隣に座る善へと視線を向け、自分に代わって簡単な挨拶でも構わない、この場で説法するようにと促した。
善であれば、俺とは気心が通じている。
この場を練習の機会ととらえたのかもしれない。
思わず善の方を見ると、善は悪戯っぽい目で小さく頷いた。
その瞳の輝きが波紋となり、俺の瞳も応じるように揺れた。
安心と期待、そして少しの不安がないまぜになった色が、滲んでいたかもしれない。
善は突然の話にも動じることなく、素直に「はい」と答え、衣を直し、しばらく瞑目した後に話を始めた。




