遅れて格納庫の前に着く
遅れて格納庫の前に着くと、義浄房さんたちは支度を始めていた。
ちょうどその時、格納庫の壁一面の扉が内側から観音開きに開いた。
この建屋の扉には内側に閂が掛けられているため、小さな裏口から入り、内側から開ける必要がある。
小六と真之介が片方ずつの扉を押し開ける。
中は何もない伽藍洞の土間で、浸水を防ぐため盛り土をし、叩き固められている。
それを見た義浄房さんが、振り返り俺に尋ねる。
「これ、あなたの廟にて候ふか。」
不思議そうな表情を浮かべている。
俺は廟の意味が分からないまま、安易に「はい、そうです」と答えていた。
後から善に尋ねると、廟とは神仏や祖先を祀る大切な建物だと教えてくれた。
「ふむ」
晴れぬままの表情の義浄房さんではあったが、それ以上は何も言わなかった。
善の「支度が整いました」の声に、義浄房さんは正面を見据え、気を練るように息を整えた。
衣を直し、袈裟を整えると香炉の前に立つ。
ゆっくりと、そして朗々と経を唱える。
控える善も唱和する。
声明が伽藍洞の中に木霊するように響き渡る。
二人の後ろに立つ俺たちの胸にも響くのか、何もないそこに、小六、真之介、花里が目を閉じ手を合わせている。
俺も自然と手を合わせる。
やがて経の余韻を引くように閉じられ、伽藍洞にひと呼吸の静寂が落ちた。
義浄房さんが紙の花びらをひとつまみ、散華する。
ひらりと落ちる音のない刹那の時間が場を清める。
「願わくは この功徳を以って 普く一切に及ぼし、家門繁昌、子孫長久」云々と回向し、慎みて一礼し、締められる。
義浄房さんが振り返るまで、時が止まったようなわずかな静寂。
俺たちに顔を向けると、目を伏せつつ、「恙なく相済み候ひぬ。」
今までの厳しかった表情を崩して、言葉柔らかく告げた。
その言葉に、最初に安堵の息をついたのは新右衛門さんだった。
長く張りつめていた肩が、ふっと落ちるのが見えた。
考えてみれば、まとめ役として、地鎮祭から始まり棟上げ、時には現場で材を担ぎ、今日の仏事まで整えてくれた。
俺はすべてまかせきりだった。
新右衛門さんは作事奉行としての大役を果たし、肩の荷が下りたのだろう。
今、それが晴れやかな表情として表れている。
言葉にならない感謝しかない。
和らいだ空気の中、小六、真之介、花里が義浄房さん、新右衛門さん、そして善にそれぞれ丁寧に頭を下げている。
俺も順に礼を述べる。
厳しい表情だった義浄房さんも柔和な表情、優し気な目をしていた。
人の顔は一つだが、そこには様々な色と表情が浮かぶ。
その移ろいを見つめながら、ふとそんなことを思った。




