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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
夏の末、秋のきっかけ

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半清浄の場でもある離れ

 半清浄の場でもある離れは、厠や厨の穢れを祓うのに比べれば、どこか簡素に行われた印象だった。


 義浄房さんが離れの入り口、敷居の外に立ち、無言のまま建屋を見据える。


 中には入らない。


 善が、結界の境となる敷居の外側へ香炉を据える。


 ゆるりと白い煙が立ち昇る。


 短く「ノウ」の真言を唱え、香を離れの内へなびかせるように払子をひとふるいし、流れるように「オン」の真言を唱えた。


 俺たちは少し離れたところから、義浄房さんの背中を見つめていた。


 義浄房さんがゆるりと払子を善へ渡した。


 そののち、光明を離れに招くため、仏の徳を讃える偈文げもんぎんずるように読み上げた。


 抑揚があり韻を踏むような、義浄房さんの低い声が離れに息を吹き込むようだった。


 

 そこから主屋に移り、式の格が一段上がる。


 敷居の外で香が焚かれる。


 義浄房さんは包みから丁寧に畳まれてあった浅黄色の袈裟を手に取り、それを掛ける。


 僧侶のらしさをあらためて醸し出す。


 真言を唱えて、払子で香を導く。


 間違いのない所作を繰り返した後、歩を進めて敷居を跨ぐ。


 俺たちも音を立てないように静かに入り、広間の中央に東を向いて正座する義浄房さんの横へ、少し離れて座った。


 まだ木の香りが新しい広間に、板戸を開けた縁側から風が流れる。


 風が香煙を広間に広げる。


 義浄房さんが経を読み、善が脇にて唱和した。


 俺たちは二人の姿を、木の香り、流れる風、香煙と同じようにただ見守る。


 最後に、洩れるような声音ながら、「願はくは、此の家門、無病息災にてあらしめ給へ」云々。


 その声が主屋の隅々まで届く。


 屋根は頭となり、柱や梁は骨となる。


 障子戸はわずかに膨らみ、板戸は風に音を成す。


 壁や床には光と陰が移ろう。


 家に命が吹き込まれている、そんな瞬間に立ち会っているような錯覚になっていた。


 唱えられた祈願文が落ち着くと、義浄房さんはゆっくりと立ち上がり、舟の格納庫へ向かった。


 皆も立ち上がり、後を追う。


 風が囁くように、空気を揺らした。


 光が温かく満ちてゆく。


 俺は、聞こえてきそうな小さな息吹に一人立ち止まる。


 誰もいなくなった広間に、微かに息づく気配が在った。


 耳を澄ませば、届きそうで届かない気配が、俺の内側をかすかに揺らす。


 外も内も、同じ呼吸でわずかに揺れた。


 誰にも相談できず、しばし一人佇む。


 その沈黙の中で、影のような、もう一人の俺も、今は明るすぎて居場所が見つけられず、現れない。


 呼吸だけが、そこに在る。

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