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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
夏の末、秋のきっかけ

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222/229

新右衛門さんに先導され

 新右衛門さんに先導され、俺たちは開け放たれた厨の前に立った。


 新築の木の匂いが、まだどこか頼りなく漂っている。


 義浄房さんが入り口の前へ、ずいと一歩進み出る。


 香炉の前に立ち、左手に数珠を掛け、右手で印を結ぶ。


 息を整え、低く真言を唱え始めた。


 その声が煤のない板壁に響き、乾ききらない土壁に吸われていく。


 真言を終えると、善から払子を渡される。


 払子がふわりと一度だけ振られた。


 義浄房さんは中へ入った。


 俺たちも続き、厨の中央へ進む。


 一人、義浄房さんは開け放たれた裏口に向かい、内側から気配を確かめるように立つ。


 印を結び、短く真言を唱えた。


 振り返ると、義浄房さんは厨の内をひと巡り見渡し、「火の座は西に寄るか。陰陽の理、よろしきかな」と呟いた。


 その四つの竈へ義浄房さんが寄ると、善が進み出て火打石を手渡す。


 義浄房さんは火打石を合わせ、かちかちと乾いた音を響かせた。


 散った火花が、麻の繊維をほぐして乾燥させた麻火口あさほくちに落ち、火がついた。


 善がその麻火口から小さな稲束へ火を移す。


 ぱちぱちと稲束が燃え出す。


 種火が火となり、炎へと育っていく。


 善は、その火を、あらかじめ竈の中に置かれた細い枯れ枝へそっと移した。


 やがて火は勢いを増し、めらめらと本格的に炎として燃え出す。


 煙は煙道を通り、焚口から洩れた分は、土壁に穿たれた格子窓から抜けていった。


 義浄房さんは四つの竈を順に巡り、炎を確かめると、それぞれの前で短く真言を唱えた。


 低い声に合わせるように、炎が揺れる。


 竈の縁を舐める炎の光がわずかに動く。


 四基を巡り終えると、義浄房さんは厨の中央へ戻った。


 息を整え、最後の真言をゆっくりと唱え始める。


 その間、俺は四つの竈の焚口を見ていた。


 炎はそれぞれ違う表情をしている。


 そろそろと細く、勢いよく太く、赤や橙の色を分けながら燃えていた。


 炎が俺を空想にいざなう。


 義浄房さんの真言が遠くなる。


 ふと善に聞いた竈の神、三面六臂の荒神を思い描いていた。


 すると、もう一人の俺がまた現れ、「荒神は利き腕はどちらなのかな。三つの利き腕で箸を持ち、三つの口があると、食事が忙しそうだな」と問いかけてくる。


 神妙な俺は、それを無視した。


 できれば、小六が話していた、火男の仮面をつけたひょっとこのような、どこか楽しい神に居てほしいと思った。


 むっつりと怖い顔の神よりも、陽気でひょうきんな神と食事をするほうが、どう考えてもよい。


 そこには、皆との食事が穏やかで、笑いのあるものになればよいという願いがあったのかもしれない。


 いつの間にか、俺の空想は、荒神もひょっとこも同じ食卓を囲み、そこには笑う善、小六、真之介、花里、そして俺がいた。


 竈でぱちりと小さく音が鳴る。


 四つの温かい炎は、それぞれに今では優しく燃えていた。


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