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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
夏の末、秋のきっかけ

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215/228

俺は留守番で

 俺は留守番で、ほとんど完成した主屋の縁側に一人で座っている。


 暑くもなく、寒くもなく、そよぐ風が心地よい。


 温められた敷地の広場では、相変わらず雄鶏は騒ぎ、雌鶏は静かに土を啄む。


 一羽が土の中から小さな虫を見つけたらしく、それをめぐって取り合い、短く争った。


 小六、真之介、花里は、新築のお披露目とその宴の準備のため、梅菊さんの所へ訪問している。


 俺の背後では、開け放たれた板戸の向こうで、運び込まれた障子戸の枠に紙を張る作業が行われていた。


 その板張りの大広間からは糊の匂いと、隅に重ねられた数枚の畳から青い匂いが漂う。


 紙の擦れる音。


 障子紙を張るとき、職人の息はぴたりと止まり、一枚張り終えると、ふっとひと息つく。


 その繰り返しが、ひっそりと続いていた。


 背後にある少しの緊張と、敷地を何ともなしに眺める俺の弛緩。


 そのあわいに、今日も門から入ってくる一人の人物が目に映る。


 俺に気が付くと、まっすぐにこちらへ近づいてくる。


 若鶏たちは、新たな闖入者にまったく興味を示さず、啄むことに忙しい。


 彼はその鶏たちを一瞥すると、踏まぬように歩幅を少しだけ緩めて避ける。


 そのまま俺の前に立って拳を突き出す。


 「よう、史郎」


 「やあ、善」


 拳を合わせる。


 善は俺の隣に腰かけると、懐から大切そうに布袋を取り出した。


 袋の紐を解くと、望遠鏡が収まっていた。


 「史郎、長い間ありがとう」


 返そうとする善に言った。


 「それは、善に月を見せたいと思って作ったものだから、あげるよ」


 それを聞いた善は、黒目勝ちの瞳を輝かせて喜んだ。


 その気持ちが、そよぐ風にまぎれて俺にやわらかく伝わる。



 二人並んで敷地を眺める。


 俺は数日前の出来事、花里が雄鶏に名をつけていた顛末、そしてその後の俺の勘違いについてを話した。


 善は黙って聞いている。


 俺の気持ちに迎合するでもなく、花里たちを否定するわけでもない。


 そよぐ風のように受け止めてくれていた。


 聞き終えると、善は座ったまま腰を曲げて、俺が黒い雄鶏につけた名を地面に書く。


 指で、拾いと。


 それから、なかなか気が利いている名だと笑いながら誉めてくれた。


 肆ならぬ死から、命拾いした拾い。


 そして善は、地面に書かれたその字を見つめながら、どこかいたずらっぽく口元を緩めた。


 「その漢字、拾は十と読む。」


 四から拾い、そうして十。


 数日間のうちに、当の雄鶏が知らぬ間に名が変わる。


 忙しなく首を動かす鶏のように、くるくると。


 どこかおかしさを堪え黒い雄鶏を見ていると、その向こうに鬼女と二人の小鬼が口角を釣り上げて現れる。


 三人は鶏たちを蹴散らしながら俺に向かって足早に寄って来る。


 小六の両腕には桶が抱えられている。


 どうやら、今晩のおかずを抱えて帰ってきたらしい。


 食に渇いた顔が、俺の前に三つ並ぶ。


 縁側に座る俺の尻が、早くも急かされるように落ち着かなくなる。


 十が今日も生き延びたことを知らぬまま、そわそわと落ち着かぬ俺たちの気配を、首を高くしてじっと見つめている。

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