房総半島も、どうやら梅雨入り
房総半島も、どうやら梅雨入りしたらしく、三日ほど雨が降り続くと、灰色の曇天を挟み、また雨模様となった。
雨脚は時折強まり、板の屋根や壁を叩いて、音を響かせた。
しとしとと軒先から滴り、土をちいさく穿ち、やがて跡を残した。
この時期、家の建築作業は中断し、雨の合間を縫って又左さんや新右衛門さんが様子を見に来た。
そんな小雨の降る日々の昼頃、俺は、ひとり訪ねてきた又左さんを家の板間に招き入れ、話を聞いた。
建築作業は思った以上に順調であると言った。
大網主である仁右衛門さんの肝いりの事業であること。
おかげで、多くの大工や職人が集まり、さらに俺が野積みにしておいた大量の木材がここにあったことも幸いしたと教えてくれた。
「この規模の家であれば一年近くかかることもあるが、十月初めには完成するだろう」と、又左さんははっきりと言った。
その声には、棟梁としての責任と、期待に応える自信が満ちていた。
そこへ花里が淹れた茶と、俺が今朝作ったぼたもちを載せた皿が、すっと又左さんの前に置かれた。
又左さんは棟梁としての威厳を保ちながら茶碗を手に取り、ひと口含んだ。
背筋を伸ばす姿は、生真面目な性格を映していた。
ひと息ついて茶碗を置き、皿を取り上げた。
甘党の彼が節くれ立った指でぼたもちを摘み、一口かじった。
その瞬間、目は見開かれ、刹那の恍惚に落ちた。
やがて焦点は戻り、指に摘まんだぼたもちを見つめ「こっ、この掻餅……」と声を漏らした。
俺は気づかぬふりをして「掻餅?これは、ぼたもちです」と涼しい顔で答えた。
彼はもう一度ぼたもちを見つめ、後は黙って食べ続けた。
俺は心の中で小さく拳を握り「勝った」と呟いた。
甘い物で驚かせたのは、俺の入り混じる気持ち、いたずら心と労をねぎらう思いが重なっていたからだ。
又左さんは子供のように指に残る餡を名残惜しそうにねぶり、最後に余韻を楽しむように、ゆっくり茶を飲み干した。
一晩、水に浸した小豆をダッチオーブンでゆっくり煮た。
砂糖と蜂蜜を加え、塩で甘味を引き立て、隠し味にわずかに香りを添える程度に醤を加えた。
水分を飛ばし、練り上げて餡とした。
それを、もち米三に白米一を合わせて蒸し上げ、蒸し上がった米を木杓子でそっと潰し、粒を残しつつ粘りを引き出して半殺しにし、丸めて餡で包んだ。
朝食に供したところ大好評だった。
小六、真之介、花里、皆、目を細め、まるで今の又左さんを映すかのように、指についた餡を一粒たりとも残さぬようにねぶっていた。
俺は勝利の笑みを浮かべ、子供に問うように「美味しかったですか」と優しく声をかけた。
又左さんは相好を崩し、大きく頷いた。
帰り際、蓑を羽織った彼に、竹皮にぼたもちを二つ並べて包み、手渡した。
彼はそれを両手でしっかり受け取り、壊れ物を扱うかのように蓑の下の懐へ大事にしまい、俺に満面の笑みで礼を述べ、霧雨にけぶる坂道を足早に下っていった。
その後ろ姿を見送った後、俺は灰色とも銀色とも掴めぬ空を見上げた。
厚く垂れこめる雲から微雨が宙に舞うように降ってきた。
雨は、山への恵みの甘露となり、葉に滴り、土に沁みわたり、あまねく大地を潤す糧となる。
軒先に立つ俺に、ちいさな雨は珠となり、ヒヤリとそっと頬に触れた。
雨は当分止む気配を見せない。




