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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
雨に唄えば

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月明かりに照らされ、墨色の夜に

 月明かりに照らされ、墨色の夜に沈む舟は陰翳に縁取られ、本来は銀色であるはずの船体が、墨のわずかな濃淡の中にほのかに浮かび上がっていた。


 手探りで幾何学模様のレリーフを探し、触れると、音もなく出入口が開く。


 内から溢れんばかりの光が迸り、俺は一瞬の眩しさに目を細めながらも、その光に吸い込まれるように中へと踏み入れた。


 目はやがて光に慣れ、操縦室は沈黙の中に明るさを満たしていた。


 快適な温度と湿度に保たれ、生活の匂いは気配ごと遮断されていた。


 操縦席に腰を下ろし、いつも通り舟を迷彩モードに設定して部屋へと移った。


 部屋の奥には洗浄機能付き水洗トイレがあり、その隣の浴室で湯を張り、久しぶりにゆったりと湯船に身を沈める。


 体は弛緩し、ほぐれて、吐く息とともに疲れが抜けていった。


 三人にも温かい湯に浸かることを勧めたが、彼らは一年中冷たい井戸水を利用していて、浴室を使うことはなかった。


 何か遠慮があるのか、あるいは定期的に歯の診察台に身を横たえるのを嫌っているのか。


 旅行中は平気でこの部屋で過ごしていたはずなのに、その理由ははっきりとはしない。


 三人の中では、花里だけが少し事情を異にしていた。


 必要に迫られ、冷凍庫や冷蔵庫に蓄えられた食材を取りに来ることはある。


 それでも長居することはなく、せいぜい俺が菓子作りをするときに手伝う程度で、この部屋を好んで訪れることはなかった。


 彼らはこの舟に対して、畏れとも恐れともつかぬ感情を抱いていた。


 それ以上に、舟がもたらす恩恵への感謝の祈りを胸に秘めていた。


 だからこそ、必要なとき以外は長居せず、慎ましく手を合わせ距離を置いているのかもしれない。


 その点、善は何の拘りも恐れもなく、ここへ来れば必ず水洗トイレを使う。


 そして無邪気に綻ぶ笑顔で「やっぱり、具合がいいな」と一言漏らす。


 浴室を出て、冷凍庫から氷を取り出し、大きめのカップに入れる。


 テーブルにある水栓を捻って水を満たし、一気に飲んだ。


 「ふぅ」


 カップをテーブルに置くと、寿福寺の賢光さんから分けてもらった茶の挿し木用の枝が、器に挿したまま置かれているのに気づいた。


 器の内を覗くと、水に浸した枝先には変化がない。


 そこで、水を水槽の青い水へと替えてみた。


 それから、茶の種の入る小さな木箱を開けてみる。


 そこには想像していた植物の小さな種ではなく、小指の先ほどの大きさの茶色い実が八つ入っていた。


 それもカップへ移し、半分だけが水に浸るように置いた。


 「早く芽を出せ、柿の種。出さぬとはさみでちょん切るぞ」


 柿ではないが、茶の種に「猿蟹合戦」を歌い、部屋の灯りを落とす。


 暗がりの中、カップの水が青く発光し、わずかに膨らんだように見えた。


 三日後、挿し木からは力強く太く白い根が器の底を探るように伸びていた。


 種からも殻を割り、発根していた。


 俺は真之介に手伝ってもらいながら茶の苗木と種を家の裏にある小さな崖上に植え付けた。


 陽はよく当たり、ここからは家全体を一望できる。


 今も多くの職人たちが立ち働いているのが見える。


 彼らの奏でる槌音や掛け声が聞こえてくる。


 俺も彼らに合わせるように「早く実よなれ、柿の木よ。ならぬとはさみでちょん切るぞ。」


 緑の苗木、白い根を出す種に、いつか茶摘みをするみんなの姿を思い描きながら、気分よく歌い作業をする。


 歌いながら、胸には成功の自信があった。


 息を軽やかに吐くと、口元に笑みが広がる。


 そんな俺を真之介は不思議そうに見ていたが、彼の瞳には俺に対する期待の色が満ちていた。


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