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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
雨に唄えば

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彼の著書には

 彼の著書には、ベトナム戦争従軍の体験をもとにした作品がある。


 そこには、数多くの命が刹那の青白い閃光を放ち、消え去るさまが描かれている。


 そのまたたきによって、そこは戦場であり、どこまでも深い闇であることを知る。


 光があるからこそ、夜を知る。


 それは、あたかも線香花火。


 火球が落ちる直前、一瞬の光の瞬きは「散り菊」。


 線香花火は蕾から牡丹、松葉、柳へと移り、最後に散り菊となる。


 その凝縮された姿は、生老病死。


 火球は震えて生まれ、やがて美しく咲き誇って火花を散らす。


 戦場にも安息があり、喜怒哀楽がある。


 そして、敵にも味方にも等しく訪れる、突然の散り菊。


 『輝ける闇』。


 その闇を見つめる眼差しは、なお本来のウィットを失わない。


 彼の筆致と感性は、死に囚われず、生を五感で鮮やかに捉え、闇と光を等しく映す。


 著作にはユーモラスで機知に富み、人々の暗部も悲哀も、明るく描いた作品が多い。


 その洒落た筆致の一例が、釣り紀行文『オーパ!』にある。


 彼曰く「何事であれ、ブラジルでは驚いたり感嘆したりするとき、『オーパ!』という。」


 彼は食を愛し、魚に恋をし、大胆と繊細の二つを抱え、「オーパ!」と叫びながらアマゾンを旅する。


 愛と恋は地平線の果てに消える大河と熱帯雨林だけでは飽き足らず、世界中を巡ることになる。


 彼の灼けるような火球。


 五感は火花を散らし、やがては火は収まり、遺作となる作品集『珠玉』へと結晶する。


 私もまた、彼の数多くの著書に触れて「オーパ!」と声を上げる。


 その機知は、しばしば徹底という形で顔を覗かせる。


 彼曰く「いいか、諸君、イギリス人のあだ名はビーフイーターということになっている。あるローストビーフ気ちがいのイギリス人は、牧場の草を見て、こんないい草を食べた牛はどんなにうまいだろうかと思って唾を呑んだという話がある。この話を笑うのはいいが、よろず物事は徹底しなければいけないのだ」(原文ママ)


 想像してみてほしい。


 イギリスの海岸線にそびえ立つ白亜の断崖の上で、ゆっくりと牧草を食む牛を。


 太陽の光は海に反射し、白亜の断崖にも照らされて、大地の緑に降り注ぐ。


 風は海と戯れ、ミネラルを含んだ潮風となり、いにしえより変わらぬ風景の台地を撫で育む。


 潮風はすべてをいだき、命の滋味を呼び覚ます。


 そのような恵みで育つ牛を見て、ビーフイーターは何を思い、どんな表情を浮かべるだろう。




 「何をそんなに見ているんだい?」


 俺は後ろから、そっと声をかけた。


 振り向いた真之介の顔には、口元に笑みが零れていた。


 理由を尋ねると、彼はその表情を崩さぬまま、嬉しげに答えた。


 曰く、俺たち四人の食生活は、どこよりも豊かだという。


 それこそ、乏しい食事に雑穀ばかりを口にし、飢えを凌いでいる世間一般とは違い、栄養に満ちているのだ。


 飲み込むものが豊かであれば、吐き出すものもまた豊穣な恵みとなる。


 その出たものを畑に肥料として撒けば、さぞかし美味しい作物が採れるだろうと真之介は笑った。


 五穀また 輪廻を巡り 生老病死。


 しばし俺は言葉を失う。


 どう繋いだらよいのだろう。


 ことわりは理として、なお躊躇ちゅうちょし立ち止まる。


 決して、真之介が特段変わったへきを持っているとは思わない。


 真面目な彼の目には、控えめながら喜色が宿っている。


 俺は辛うじて、衛生上の取り扱いに注意を促した。


 直には使わず、腐葉土や稲わらを混ぜ、十分に発酵させること。

 

 そうして寄生虫を絶つことを説明した。


 しかし、すまん真之介。


 俺はどうにも協力できそうにもない。


 俺は今後も、舟にある洗浄機能付き水洗トイレを使わせてもらう。


 この驚きを言葉にするすべを、俺はまだ知らない。




開高健の『日本三文オペラ』はおすすめの一冊です。

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