まだ日は沈むには早いが
まだ日は沈むには早いが、清澄寺の近く、人影のない場所に舟を降ろす。
俺は善に、寺から彼を長らく連れ出したことへの詫びを道善房さんに伝えてほしいと頼み、鎌倉で買った抹茶の入った壺と、桶に詰めた味噌を一つ手土産として託す。
受け取った善は「史郎、楽しかった、また行こう」と拳を突き出す。
俺も拳を突き合わせ、「ああ、また行こう」と笑顔で応じる。
すると善が思案顔になる。
「ところで俺たちは、どこに行っていたことになるんだ?」
言われてみれば、その通りである。
俺たちは相談のうえ、小湊から北へ遊行したとだけ伝え、鎌倉を訪れたことは伏せておくことにした。
嘘をつくわけではない。
ただ、語らないだけである。
話が済むと、善は俺たちに背を向け、しっかりとした足取りで歩いて行く。
見送る俺たちに一度振り向き、夕日に染まった笑顔を向けた。
四人で過ごした濃密な時間の名残と、一抹の寂しさが三人の間に漂った。
その雰囲気を打ち消すように、小六が「早く家に帰ろう、真之介が首を長くして待っているはずだ」と声を上げる。
花里が何度も頷き、笑顔を見せる。
彼女の頬も夕日に照らされる。
俺たちは、まだ十分な日の光の残る清澄山を後にする。
舟は染まりゆく景色の中を、俺の心を映すように静かに進み、やがて俺たちの家へと帰り着く。
舟を誰にも見つからないように、いつもの窪地に隠して家に向かう。
自然と足取りが早くなる。
心が急いていた。
俺の背にある籠には砂糖の入った壺が入っている。
味噌桶は小六が抱えている。
花里は両手で紙に包まれた朱椀を大切そうに持っている。
家に近づくと屋根のある立派な門が見えてきた。
完成して間もないのか、清々しい木の香りが漂う。
まだ家の周りを囲む塀はない。
その門の脇を抜けると建物群が目に入る。
息を整える。
すでに棟梁の又左さんをはじめ、職人たちは帰ったようで誰もいない。
暮れなずむ中に舟の格納庫が出来ており、少し離れた場所には厠も完成していた。
主屋も離れも、台所の厨も、土壁のための竹格子が組まれ、次の作業を待っていた。
その全体を見れば、どうにも四人で住むには広すぎる。
物見櫓こそないが、仁右衛門さんの家を一回り小さくしたほどの家構えだった。
胸の奥が、ふとざわつく。
借入金は、どれほどになるのか。
住宅ローンを抱えた家長のように、ずっしりと重く不安になり、心細くなる。
そんな俺の気持ちを映すように、俺たちの家からか細い光が儚く漏れていた。
板戸がわずかに軋みながら開いた。
真之介が片手で戸を押さえ、身を乗り出すようにしてこちらを見ていた。
もしかすると、戸外で物音がするたびに板戸を開けて待っていたのかもしれない。
黄昏の薄暗がりにこちらを見て、あふれる笑顔を向けた。
安心したのか、大きく息を吐き、安堵の表情を浮かべた。
開いた板戸の向こうから、儚げな光は頼りなくとも、確かに温もりを宿していた。
真之介の瞳が潤み、喜びが溢れる。




