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草庵の門前は開け放たれ

 草庵の門前は開け放たれ、そこでは、俺たちを重兵衛さんの家へ案内してくれた子供たちが遊んでいた。


 俺が近づき、目が合うと、彼らは走り去り、遠くからこちらを窺う。


 小六と花里が手招きして呼び寄せている。


 俺は一人、荷を下ろすため庵へ向かい、広間の隅に籠を置いた。


 無人の広間の天井には、今朝見かけた蜘蛛がじっとしている。


 俺と蜘蛛だけがここにいる。


 天井に逆さに張り付き、蜘蛛は俺を見ている。


 そんな気がした。


 そのうち、子供たちの歓声が、俺と蜘蛛の間の静寂を破るように届いた。


 誘われるように門前へ出ると、小六、花里、子供たちが、花里の集めた白い小石で遊んでいた。


 輪の中心で花里が小石を灰色の空へ放り上げ、その間に地面の石を拾う。


 ルールは知らない。


 ただ、皆が夢中だ。


 小六も声を上げ、子供たちも囃し立てる。


 その光景を見て、俺は花里が遊ぶ姿を初めて目にした気がした。


 これまで、晴れの日も雨の日も休まず家事や畑仕事に励んでいたことを思い出し、本来の子供らしい無邪気さを見せられて、胸を打たれる。


 石を放り上げ、その間に石を拾い、落ちてくる石を、息を呑んで受け止める。


 ただそれだけの単純な遊びなのに、花里も小六も子供たちも、空に向かって声を上げている。


 ふと、隣に人の気配を感じた。


 そこに、善信房さんへ取り次いでくれた男が立っていた。


 「石投いしなごですか。私も子供の頃によくやりました」


 そう言って、子供の輪に温かい眼差しを向けた。


 布袍の袖が、重たい風にそよいだ。


 しばらく並んで眺めていると、幼い男の子の番が回ってきた。


 小さな手が石を放るが、思うようにいかず、すぐに交代となる。


 次の女の子は迷いなく石を高く放り上げた。


 男は表情を曇らせ、深く息を吐き、独り言のように呟いた。


 「子供の頃は、楽しかった気がします」


 しばし口をつぐむが、胸の奥に思いが積もりゆく。


 感情の堰が切れ、声を低くして抑えきれぬ思いを吐き出す。


 「私も、善信房様について都へ上りたかったのです」


 その声には、深い悔しさがにじんでいた。


 彼の目は子供たちの輪を越え、その先、叶わなかった旅路の彼方を見つめていた。


 彼と同じように門番として立っていた字の読めない男は、力があるという理由だけで旅の供を許されたと話す。


 子供たちの遊びは続いているが、上手くできる子とできない子の差がはっきりしてくる。


 ただの石のやりとりに、笑みを浮かべたかと思えば、悔しさに唇を尖らせた。


 白い石を何個も持つ子もいれば、一つも手にできず泣きそうな幼い子もいる。


 花里は、そんな幼い子に袋から石を取り出し、小さな手にそっと握らせた。


 幼い子は顔を輝かせ、花里は答えるように目を細める。


 彼女の心の在り様に、俺の中にも、闇に差す光のように、一条が顕れる。


 琴線に、何かが触れた。


 やがて、鈍色の雲の向こうで日は傾き、光は薄く地を照らす。


 子供たちはもらった白い石を握りしめ、手を振りながら家路に着く。


 俺の隣に立っていた男も、子供たちを黙って見送り、俺に手を合わせたあと、背中に陰を残し、音もなく道場へと去っていった。


 慈悲は語られずとも伝わり、悔恨は癒されずとも照らされる。


 声も音も風も消える。

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