灰色の厚い雲に覆われた
灰色の厚い雲に覆われた東の空も、ようやく白み始める。
一晩中焚かれていた篝火は、今は燻ぶりながら、細い煙を空へと昇らせている。
善信房さんとその家族を含む、およそ五十人が、京を目指して出立する。
俺たち四人は門の前で、数多くの見送りの人々に紛れて見送る。
すでに、先ぶれの一陣は草庵を立ち、各地で善信房さんの信者への法話や宿泊の手配を進めている。
やがて、馬のいななきが合図となり、一行は動き出す。
皆、別れの悲しみに包まれながら、手を合わせて祈る。
荷駄や荷車に揺られる荷物は、列の後ろを追っていく。
歩みの遅い人馬の一行が辿る旅路は、年を越すことになるだろう。
隣に立つ善は、明け方近くまで、善信房さんと小さな庵で語り明かしていた。
善信房さんが目の前を過ぎてゆく。
俺たちに気がつくと、わずかに頷き、その黒き眼を笑わせる。
善も応えるように、力強く頷き、旅の無事を目で伝える。
荷駄が門をくぐると、名残惜しさに見送る人々は、一行の前後を追うこととなる。
歩みはますます遅くなり、旅路はいよいよ長くなる。
俺たち四人は、その後ろ姿を、厚い雲の下で見送る。
俺は善に、善信房さんとどんな話をしたのかを尋ねた。
善は少し考えてから言った。
「俺は、善信房さんの話を聞いていただけだったかもしれない」
そして、言葉を続ける。
「もし俺が西方を目指して歩いたとしても、すでに仏は天竺に存在せず。さらに西方を目指したとて、元の場所に帰って来るだけよ」
それは、善がすでに知っている地理的な話なのか、別の意味があるのか俺には解しかねた。
俺は問いかける。
「その話、善信房さんにしたのか」
善は黙って首を横に振った。
少し間を置いて、善が言う。
「善信房さんは、今も昔も歩き続けている。叡山では山中を巡り、今も、生まれた京を目指して歩いている。その歩みは、巡りながらも終わることなく、すべてを委ねたとしても止められない」
善の声は断言するように続いた。
「人は六道を巡り歩く」
そう呟いたあと、言葉を継ぐ。
「月へ渡るすべがあれば、人はそれに向かって歩こうとする。それが業によるものだとしても、目指さずにはいられない」
善は寂しく呟いた。
「遥か遠き道のりよ」
それは、多くの人を引き連れて京へ帰る善信房さんの道のりなのか、あるいは別の道のりなのか、やはり俺には測るすべもなかった。
それでも、善信房さんの歩む道のりをおもんばかる善の気持ちだけは、沁みるように伝わってくる。
俺も善信房さんの旅路を祈る。
空を見上げると、厚い雲の向こうに、半月の気配だけがぼんやりと滲んでいた。