表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/174

灰色の厚い雲に覆われた

 灰色の厚い雲に覆われた東の空も、ようやく白み始める。


 一晩中焚かれていた篝火は、今は燻ぶりながら、細い煙を空へと昇らせている。


 善信房さんとその家族を含む、およそ五十人が、京を目指して出立する。


 俺たち四人は門の前で、数多くの見送りの人々に紛れて見送る。


 すでに、先ぶれの一陣は草庵を立ち、各地で善信房さんの信者への法話や宿泊の手配を進めている。


 やがて、馬のいななきが合図となり、一行は動き出す。


 皆、別れの悲しみに包まれながら、手を合わせて祈る。


 荷駄や荷車に揺られる荷物は、列の後ろを追っていく。


 歩みの遅い人馬の一行が辿る旅路は、年を越すことになるだろう。


 隣に立つ善は、明け方近くまで、善信房さんと小さな庵で語り明かしていた。


 善信房さんが目の前を過ぎてゆく。


 俺たちに気がつくと、わずかに頷き、その黒き眼を笑わせる。


 善も応えるように、力強く頷き、旅の無事を目で伝える。


 荷駄が門をくぐると、名残惜しさに見送る人々は、一行の前後を追うこととなる。


 歩みはますます遅くなり、旅路はいよいよ長くなる。


 俺たち四人は、その後ろ姿を、厚い雲の下で見送る。


 俺は善に、善信房さんとどんな話をしたのかを尋ねた。


 善は少し考えてから言った。


 「俺は、善信房さんの話を聞いていただけだったかもしれない」


 そして、言葉を続ける。


 「もし俺が西方を目指して歩いたとしても、すでに仏は天竺に存在せず。さらに西方を目指したとて、元の場所に帰って来るだけよ」


 それは、善がすでに知っている地理的な話なのか、別の意味があるのか俺には解しかねた。


 俺は問いかける。


 「その話、善信房さんにしたのか」


 善は黙って首を横に振った。


 少し間を置いて、善が言う。


 「善信房さんは、今も昔も歩き続けている。叡山では山中を巡り、今も、生まれた京を目指して歩いている。その歩みは、巡りながらも終わることなく、すべてを委ねたとしても止められない」


 善の声は断言するように続いた。


 「人は六道を巡り歩く」


 そう呟いたあと、言葉を継ぐ。


 「月へ渡るすべがあれば、人はそれに向かって歩こうとする。それが業によるものだとしても、目指さずにはいられない」


 善は寂しく呟いた。


 「遥か遠き道のりよ」


 それは、多くの人を引き連れて京へ帰る善信房さんの道のりなのか、あるいは別の道のりなのか、やはり俺には測るすべもなかった。


 それでも、善信房さんの歩む道のりをおもんばかる善の気持ちだけは、沁みるように伝わってくる。


 俺も善信房さんの旅路を祈る。


 空を見上げると、厚い雲の向こうに、半月の気配だけがぼんやりと滲んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ