重兵衛さんの家から草庵に
重兵衛さんの家から草庵に戻ると、門の前では篝火の準備が始まっていた。
敷地内の広場でも、その支度が着々と進められている。
今夜は一晩中、炎の明かりを絶やさないつもりらしい。
道場の前には、今もなお長い列が続いていた。
俺たち三人は、今晩宿泊する庵に戻ると、夕飯の膳が長く三列に並べられていた。
気の早い者は、すでに膳の前に座って待っている。
俺たちも、広間で働く女たちに促されて席に着いた。
膳には、小魚の煮つけが盛られた小皿が置かれていた。
そこへ、女たちが山盛りの飯と味噌汁を順に配っていく。
その様子を見て、小六も花里も嬉しそうな顔をしている。
小六にいたっては、「鎌倉の寺では雑穀粥ばかりだったが、この寺は良い」と言って、満足げに女たちが飯を運ぶ手元を目で追っていた。
飯と汁の匂い、そして食事前の喧噪。
並んで座る人々はどこか嬉しそうだった。
俺たちも椀を持って、箸を口へ運ぶ。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、皆が黙々と箸を動かしていた。
俺たち三人が食べていると、善が庵に入って来た。
善は俺の隣に腰を下ろすと、膳を前に置いた。
道場の中の様子を聞くと、善信房さんは訪れる信者たちと話を続けているらしい。
善とは後ほど場所を移して、深夜から二人で話す予定だという。
「みんな、どんな話をしているんだ」俺は善に尋ねる。
善は箸を止めて言った。
「大方、悩みなどの相談事ばかりで、善信房さんは『阿弥陀如来に念仏を唱えよ』とばかり答えている。善信房さんに相談すれば、すべて解決すると思っているのかもしれないが、善信房さんと相談する者の間には齟齬がある。」
そう言うと、椀に盛られた飯を口に運んだ。
食べ終わった善は、また道場へ戻って行った。
俺たち三人も食後に外へ出る。
日が西の空に傾いて行き、灰色の雲を滲ませる。
篝火が赤々と燃え出し、日の光に代わり辺りを照らし始める。
明かりに誘われるように人々が集まりだすと、誰ともなく、篝火の前で体を揺らし始め、踊りとなる。
やがて踊る人々は次第に増え、炎の周りをゆっくりと回り始める。
緩やかに念仏を口ずさみながら、歩調に合わせるように摺鉦の音が伴奏する。
その高い音色は隅々まで響き渡り、炎と音は無意識の奥へ届いて、法悦に至る。
羽虫が闇で光に抗えぬように。
いつの間にか、小六と花里が輪に加わり踊っている。
俺はただ、いつまでも篝火の炎の揺らぎに目が離せなかった。
厚い雲に垣間見える半月。
湿った夜は、静かに過ぎてゆく。