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その人は、簡素な須弥壇に

 その人は、簡素な須弥壇に立つ小さな阿弥陀如来像を背に、座っていた。


 木造の仏と同じように、赤土を捏ねて造られた、乾いた塑像のように、動かず座していた。


 その顔は、骨の輪郭に肌が薄く張りついたように、頬も額もくっきりと浮き出ていた。


 そよそよと外から吹き込む風に、わずかに目をしばたたかせていた。


 その瞳は黒く、確かにそこにあるのに、見えない新月のような眼差しをしていた。


 彼は、今までに出会ったどの僧たちとも違っていた。


 比べれば、義尚さんのように人を圧するような威厳もなく、賢光さんのように野性味を漂わせるでもなく、また、妙心さんのように、特に優しげな雰囲気が醸し出されるわけでもなかった。


 ただ、そこに座しているその姿も、仏衣を纏っていなければ、一介の農夫のようにも見えた。


 彼は口を開き、門番に見せた書状と、そこに記された銅銭を拝見したいと俺に話した。


 まず、書状を彼に手渡す。


 彼は書状を黙読し、権大僧正と幕府に保証された俺の立場を解し、十円玉の由来も理解する。


 風のせいか、あるいは彼の手の震えのせいなのか、書状はなびくように揺れる。


 彼は書状を丁寧に折ると、俺の手にそっと置くように返し、十円玉の拝見を目で促す。


 俺は財布の中から十円玉を取り出し、差し出された手のひらに置いた。


 彼は両手を添えて、手元へと運んだ。


 建物の中であっても、吹き込む風とともに差し込む日の光を受けて、十円玉は輝いていた。


 積年の風雨と寒暖に晒されたその顔には、わずかな湿りが帯びていた。


 彼は十円玉を手のひらに置いたまま、その深き新月のような眼で見つめている。


 風が布袍の袖を揺らし、風に合わせるように体もわずかに震えた。


 そして、湿った声も同じく震わせるように、俺に尋ねる。


 「この銅銭に刻まれる十円とは、慈円、つまり慈鎮和尚を意味しているのですね」と、しっかりと確かめる。


 俺は嘘も言えず、「書状にあるように義尚さんは、そう言っています」とだけ答えた。


 すると、彼は何も言わず、十円玉を握りしめたまま、俺たち四人に背を向け、しばらくの間、阿弥陀如来像に手を合わせ祈っていた。


 そよぐ風は、彼の体を震わせながら、広間を渡る。


 それから彼は俺たちに、ゆっくりと向き直ると、手を合わせて深く一礼した。


 再び向き合う彼の新月を思わせる黒き眼からは、滂沱ぼうだの涙があふれていた。


 風は、彼の哀しみと涙を乗せて、遠き過去、桜の季節へと運びゆく。

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