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稲田の草庵は、すぐに見つかった

 稲田の草庵は、すぐに見つかった。


 いつものように、人の気配がない森に舟を隠し、道へ出る。


 歩みを進めるうちに、道行く人の数が増え、皆が同じ方向を目指していると気がついた。


 武士、商人、農夫、旅装の一団など、身分も姿もさまざまな老若男女が、ひとつの目的地へ向かっていた。


 彼らは皆、稲田の草庵を目指していた。


 善は、道すがら出会った若い男に、その理由を尋ねた。


 男は、草庵の道場主が、明日この地を離れ、京へ帰るのだと語った。


 彼はその主を敬い、「上人」と呼んでいた。


 道行く人々は、別れを惜しみ、最後の拝礼を果たすために、草庵へと集まっていた。


 緑豊かな草庵の門前には、長蛇の列ができていた。


 普段は開け放たれていて、誰でもくぐれる門も、旅立ちの前日とあって、板塀の外まで人が溢れていた。


 建物の周囲は板塀に囲まれ、勝手に踏み入ることは許されない。


 黒い布袍ふほうをまとった門番たちが、一人ひとりを吟味し、入場を制限していた。


 中に入れずあぶれた者たちは、板塀の外から手を合わせ、念仏を唱えていた。


 「せっかくだから草庵の主に会っていこう」と善が言い、俺たち四人も列の末尾に並んだ。


 板塀の内に入れるか、ましてや建物の中に入れるかどうかも分からない。


 それでも、俺の背負った籠の中には、義尚さんと有時さん連名の書状がある。


 せめて、その道場主である上人の顔を拝することができるのではないかと、淡い期待があった。


 長い列は門前でふるいにかけられ、ほとんどの人々は門をくぐることができなかった。


 遠くから建物を眺めて見送るか、あきらめて名残惜しそうに帰っていく人々ばかりだった。


 ほどなく、俺たちの順番になり、門番にふさわしい筋骨の男に書状を見せた。


 しかし、彼は文字が読めなかったらしく、威厳だけは保ちながら、無造作に隣の門番に書状を手渡す。


 渡された男は、書状に目を通すと顔の色が変わり、震えはじめ、俺に書状を返すと、「今しばらくお待ちください。上人にお伺いしてまいります」と、慌てて門の中へ消えていった。


 俺たちは板塀の内側で待たされたが、そこで初めて気がついた。


 ここの主の名前を知らない。


 善に、道行く人に尋ねた時に上人の名前を聞いていたかと尋ねたが、彼はそれを聞いていなかった。


 まったく、お上りさん状態である。


 そこへ、門番が息を切らして戻ってきた。


 「今すぐ、上人がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」と、案内を始めた。


 俺はこれから会う人物に「一体誰なのか」と尋ねるわけにもいかず、黙って後をついて行く。


 善を見ると、のんびり見物気分である。


 小六も花里も、たくさんの人々が集まるここを祭りか市かと思っているのか、物見遊山のようだった。


 「上人のおわします道場はこちらでございます」と、案内された。


 その建物は、板張りの簡素な造りで、武道場を思わせる。


 これまで見てきた重厚な寺や荘厳な神社とは、趣を異にしていた。


 道場の前にも長蛇の列ができていたが、俺たちはそれを横目に通り過ぎ、広間で順番を待つ人々を差し置いて、そのまま、道場の主である上人の前に俺たち四人は座ることが許された。


 そこで初めて、名前を知る。


 案内した門番が言った。


 「こちらにおわします方が、善信房上人です。」


 湿りを帯びた風が、開け放たれた道場に吹き込み、善信房の乾いた布袍の袖をわずかに揺らす。


 その瞳は零れるような光を宿していた。 

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