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ハンドルをゆっくり引き

 ハンドルをゆっくり引き、舟を上昇させる。


 操縦席から見下ろす先に、村人たちの姿が見える。


 見えないはずの舟を、目で捉えているのだろうか。


 皆、空を仰いでいた。


 善と小六、そして花里が、見えるはずもない彼らに手を振り、別れを告げる。


 俺は舟を北へ旋回させ、ハンドルを前へ押し出す。


 舟は一気に加速し、風を切って晴れた吾国山の山頂を目指す。


 遠く西の空には黒い雨雲が流れていた。


 俯瞰する景色は、日常で見るそれとはまるで別世界だ。


 山頂に到着し、皆と船外へ出て盆地である笠間を眺める。


 風は強く、雲は瞬く間に流れていく。


 俺は広げた絵図を小六と善に押さえてもらう。


 晴れていても風は冷たい。


 景色と見比べながら稲田郷の位置を確かめる。


 「史郎、稲田の草庵はどの辺りか見当はついたか」と善が問う。


 「見当はついた。出発しよう」と答え、自然と嬉しさがこみ上げる。


 小六が釘を刺す。


 「鎌倉であったような、誰かに追われることはないだろうな」


 花里も心配そうに俺を見つめる。


 「大丈夫だ。ここは鎌倉ではないし、さっきの村でも何もなかっただろう」


 高ぶる気持ちを抑え、再び舟に乗り込む。


 いよいよ稲田郷の石工、重兵衛さんに会えるのだ。


 操縦席に座り、ハンドルを握る。


 胸の高鳴りをそのままに、舟で山を一気に下る。


 立つ鳥跡を濁さぬように。


 それでも村に残されたのは、たった一夜の夢物語。


 その記憶はやがて村人の口から商人へ、旅人へと渡り、鈴の音のように小さくとも遠くへ広がっていった。


 やがてそれは歴史に紛れ、溶けてゆき、村の名は、夏虫がひっそりと姿を消すように地図から消えた。


 そのことを知る者も、一人、また一人とこの世を去り、残された記憶は、曖昧なまま消えていった。


 けれども四匹の狐の痕跡は各地に息づき、三男の紋三郎は、稲田郷にほど近い、笠間稲荷の社に祀られ、日本三大稲荷のひとつとして今も名を留めている。


 それがあの夜と結びついているのか、あるいは、ただの偶然なのか。


 そのことについては、俺は何も知らない。


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