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寄り合いの堂へ、私と姥様は

 寄り合いの堂へ、私と姥様は向かった。


 私の手には湯の入った鉄鍋、姥様は器を載せた折敷を両手で持つ。


 日はとっぷりと暮れ、空に月なく、水田のざわめきのみが耳に届いた。


 床を軋ませながら中へ入ると、灯芯の灯と蝋燭、二つの光が静かに揺れていた。


 彼らが持ち込んだ蝋燭はほのかに香を立て、橙の炎を力強くゆらめかせる。


 二つの光のゆえか、並んで座る四人の影が壁に二重写しとなり、遠近のずれゆえか、影が私に覆いかぶさるように見えた。


 部屋の静寂と水田のざわめきがせめぎ合い、息遣いまで張りつめる。


 私は丹田に力を込め、姥様とともに彼らと対座した。


 覚悟を定め、村の秘事を四人に明かす。


 八つの瞳が私を見据える。


 四人の手により、椀の中で堅香子の粉がゆっくり湯へと溶け込んでいく。


 程よく練られた緩い塊を、私は目で食べるよう促した。


 彼らはそれを口にし、食べ終わる頃合いで、長年の秘事を打ち明けた。


 男の問いに、私は正体を口にした。


 「堅香子にて候ふ。」


 男は、それを聞き、堅香子の粉を知っていたのかどうか、腑に落ちたような表情を見せた。


 それでもなお、腹の内までは計りかねた。


 ひととき、四人の間に密やかな語らいが交わされる。


 やがて、私は秘事である理由を語りはじめた。


 村が歩んだ無明の道のり。


 語るうち、虐げられる村の苦しみが顔に滲み出ていくのを、自らも感じる。


 今や、鐘ではなく太いばちが胸奥を強く叩き、食いしばる口から歯ぎしりが漏れる。


 幾つかのやりとりの後、男は堅香子の粉の譲渡を申し出た。


 初め、その言葉を聞いたとき意味が分からず戸惑う。


 ほどなく、それが買取の申し出であると悟った。


 しばらく考え、私は「村の者と語らひたく思ひ候ふなり」と告げ、姥様とともに静かに席を離れる。


 外の闇は深く、新月の夜を歩けば、ひととき蛙の声が止む。


 再び村の主立つ者と合議し、私は姥様と村を代表する三人の男とともに寄り合いの堂へ戻った。


 並び座し、四人に向かって深々と頭を下げる。


 そして、男の前に堅香子の粉を詰めた箱を据える。


 男は蓋を開け、中を確かめ、籠から重き銭の束を二つ、私の前に置いた。


 「これでよろしいでしょうか」


 私は銭の量に、しばらく口を開けたまま言葉が出なかった。


 四人の背後の壁に二重影が揺れる。


 鼓動の拍子が早まり、胸の奥で低く鳴って耳へ伝わる。


 ようやく気づき、両手をついて深く頭を下げた。


 村の男三人も、一拍遅れて、慌てて頭をならって下げる。


 緊張が解け、村人の喜ぶ姿が目に浮かび、嬉しさがこみ上げた。


 姥様の枯れた「南無」が耳に運ばれる。


 蛙の声が寄り、二つは重なり共鳴し、私の胸奥を撥が太鼓を叩くように、どこまでも低く深く響かせた。



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