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私は彼ら四人に

 彼ら四人に、村での一宿を勧めた。


 「宴など催すことは叶ひませぬなれども、今宵は宿やどりくだされ。心より迎へ奉り候ふ。」


 畏敬の念を抱かせる彼らは、人ならざる存在かもしれない。


 しかし、何者なのかは一介の乙名に分かるはずもなかった。


 男と稚児は絵図を広げ、村の北にある吾国山の向こうについて尋ねてきた。


 山向こうの笠間を目指しているようだった。


 絵図の一点を指し、「此の辺り、稲田郷にて候ふ。」と告げる。


 語り終えると、男が急に川辺で行っていた作業について尋ねた。


 自分でも顔がこわばるのが分かった。


 再び、胸の奥が早鐘を打つ。


 打ち明けても良いのではないかと、心の隅で声がささやき、ばちが弦を激しくはじく。


 だが、一存では決められない。


 「今は申すまじきことにて、村の者と諮りて、後ほど申し上げ候はん。」


 そう答え、姥様とともに床のきしみに気を配りながら寄り合いの堂を後にした。


 その後、家に姥様と村の主だった者たち数名を集め、事の顛末を詳しく話す。


 日はすでに落ち、夜の帳が下りていた。


 遠くで蛙が鳴き交わし、闇が蠢き始める。


 姥様が灯を入れると、細い一条の炎が頼りなく立った。


 皆が顔を寄せ合う。


 「村の秘事、あらはすや、秘すや。」


 灯芯の細い灯りが、誰かの吐息でわずかに揺れる。


 その揺れは皺を照らし、陰が表情の半分を呑み込む。


 無明をさまようように答えが見つからず、沈黙が続く。


 近くの蛙の湿った声が心を揺らす。


 誰もがどうすべきか迷っていた。


 姥様に尋ねると、「皆にて沙汰せよ。それこそいたく善きなり。」とだけ告げ、あとは小さく「南無」と経を唱えるばかり。


 合わせられた掌は、ただ沈黙を結び、何も語らない。


 眉間に深く皺を刻んだ男が、低く、抑えきれぬ不満をにじませて発した。


 「村の掟をば違ひたまふか。」


 過酷な日々を刻んだ顔、荒れた手、そして藁の匂いが寄り合う。


 皆が思案を巡らせる中、痩せた作が一人、覚悟を決めたように口を開いた。


 村で一番の働き者だった作。


 だが数年前から腹にしこりができ、痩せ始め、病に臥せる日が増えていた。


 今では浮腫んだ顔、あばらの浮いた体に、腹だけが不釣り合いに膨らんでいる。


 苦しげに咳を一つし、間を置いて言う。


 「死ぬるにも、ひとたび、飯をば食ひて、これにまさるはなし。顕すべし、語るべし。」


 そう言って作は嗚咽した。


 胸の内を思うと、法師が震わせる弦のように、心はあはれへと沈む。


 誰も言葉を継がず、それが沙汰と定まった。


 闇の底で蛙だけが鳴いている。


 作の嗚咽と闇のざわめきが、いつしか語りと調べとなり、心の奥を琵琶のように弾き続け、どこまでもあはれを震わせた。


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