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彼らが姿を現したのは

 彼らが姿を現したのは、川辺で、村の秘密である堅香子の作業を村人皆で行っていたときだった。


 花が終わるころ、私たちは山から小さな根を掘り出した。


 それを水で洗い、すり潰し、布に包んで漉した。


 桶に白く濁った水が溜まり、しばらく置けば、底にわずかな白いおりが沈んだ。


 さらに新しい水を加え、何度か晒しを繰り返し、静まるまで待つ。


 水を切り、澱を集めて乾燥させた。


 それが、地頭にも荘園領主にも知られることなく、村に伝わる秘事だった。


 堅香子の粉は、村の共有財産であり、命をつなぐ最後の手段だった。


 体の弱った者に与え、うまく嚥下できない老いた者の食事に混ぜた。


 そうして私たちは山の恵みに感謝し、それを守ってきた。


 そこへ川上から、彼らは突然現れた。


 皆の手が止まり、音も止んだ。


 水音だけが流れる。


 籠を背負った背の高い男、坊主頭の稚児ちご、すばしっこそうな三白眼の若者、そしてあどけない少女の四人であった。


 「見られた」と思った瞬間、私は村の乙名としての責任感から、胸の奥が早鐘を打った。


 背中に汗が伝わる。


 しかし、彼らに気づかれたふうもなかった。


 私はそっと胸を撫で下ろした。


 どうして彼らは突然現れたのか。


 村の入口や要所には見張りを立てていたはずだった。


 どこから来たのか。私には、不思議でならなかった。


 そんな中、坊主頭の稚児が私に近づき、食の拵えを頼んできた。


 その稚児は、大きな黒目に優しさを宿していた。


 私はその瞳に、なぜか安心させられた。


 次いで、四人の中で籠を背負った背の高い男が、私の手に銭を握らせた。


 過分の銭の重みは掌に余り、息を呑んだ。


 銭の冷たさだけが伝わる。


 私は男の目を見た。


 その瞳は不思議な色彩を放っていた。


 私を見ているようで見てはいない。


 その視線の先は、私を透かし、さらに遠くの何かを見据えていた。


 私は四人を寄り合いの堂へ案内した。


 戸口をくぐると淀んだ空気が鼻を突く。


 床を軋ませながら中へ入る。


 それから男は籠から蜆と魚を取り出し、私に手渡した。


 驚きは消えず、顔に残った。


 魚は海のものであり、蜆もこの辺りでは獲れない。


 どちらにも傷みの気配はなく、生臭さも立たぬ。


 男の顔を凝視したが、その目は何も語らなかった。


 私は畏れを感じたが、何も言わず、食材を受け取った。


 男からは飯を所望されたが、村にはほとんど米はなかった。


 私はすまなく思い、そう告げた。


 すると男はあっさりと承知した。


 寄り合いの堂を出ると、心配してやってきた姥様うばさまがいた。


 姥様は、幼いころより勘が鋭く、幾たびも村を危険から守ってきた。


 数年前の凶年の前に、食の備えを命じて村を飢えから救ったことがある。


 そのため、姥様は皆から尊崇の念を集めている。


 私は、常にそばにいて助言してほしいと姥様にお願いした。


 話をしていると、男が寄り合いの堂から籠を背負って出てきた。


 そうして、彼はひとり、山へと至る道を歩き出した。


 姥様はその男の姿を見ると、おこりのように体を震わせながら、しわがれた声で「南無」と唱えた。


 その震え声は、どこか蛙の声を彷彿とさせた。


 私の中に不安が募る。


 蛙も鳴く。


 私もひとつ、声を震わせた。

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