真っ白な粉を
真っ白な粉を、俺たち四人はじっと眺めていた。
息を吹きかければ舞い上がりそうなほど、きめ細かく、さらさらとしている。
善がぽつりと、「まるで白粉のようだ」と呟いた。
俺は尋ねた。
「白粉を見たことがあるのか」
善は、遠い記憶の糸を手繰るように、まだ俺と知り合う前の、本当に幼い頃の出来事を語り始めた。
村の神社に白拍子の一座が訪れ、舞を奉納したことがあったという。
その折、境内に設けられた仮小屋に紛れ込んだ。
若い女が化粧をしていた。
じっと見ていると、女は善に気づき、笑みを浮かべて手招きした。
善はおずおずと近づき、化粧の手元を間近に見せてもらった。
小さな銅鏡の前に座った女は、漆塗りの小箱を開けた。
中には、今目の前にある片栗粉に似た白粉が入っていたという。
彼女は慣れた手つきで白粉を器に移し、水を加えて、指先で静かに溶く。
嫋やかな指先。
白く細い手には、青い血管が淡く透けていた。
やがて刷毛と指を使いながら、首から顔へと化粧を施していく。
そして最後に、唇の中心に紅を差した。
その刹那、白拍子の面差しは、虚と実の縁に立つ者へと変わった。
善の中にその光景が鮮やかによみがえり、今見ている粉が、かつての白粉と重なったのだという。
やりとりを聞いていた小六が、「化粧とは何だ」と尋ねる。
善は思い出を辿るように、「若い女が男に化けたんだ」と答えた。
俺は補うように言う。
「つまり、女の人が美しく見えるようにする。それが化粧だ」
小六は三白眼でニヤリと笑い、「俺も化粧すれば、美しくなれるか」と問う。
おまえが化粧で化けても狸か狐の類だと思ったが、口にはしなかった。
「美しくなる」という言葉に、花里が興味を示す。
片栗粉に顔を寄せ、じっと見つめている。
俺は悪戯心から、指に片栗粉をつけ、花里の鼻先にそっとくっつけた。
「花里、化けてるぞ」
彼女は笑って、頭のあたりで両手を立て、一言。
「コン」
狐のしぐさをして、目を細める。
小六も「俺の顔にもつけろ」と言うので、仕方なく鼻先にほんの少しだけつけた。
すると彼は調子に乗って、全身を使い、本格的に狐のまねを始めた。
二人を見ていた善が、今度は蝋燭の炎と手を使って、狐の影絵を壁に映す。
小六と花里が影絵に合わせ、舞うように狐の身振りを繰り返す。
闇の向こうからは、湿った蛙の声が響いてくる。
長く深い夜に、妖しい気配がゆるりと加わり、満ちるように漂う。
影狐は、光の陰に膨らみ、壁に輪郭を揺らし、蠢いている。
二人は憑かれたように、跳ね躍る。
蝋燭の橙色が揺れ、獣影は妖しく踊る。
その夢か現か定かでない舞台に、村人たちは闇に縫いとめられ、息を呑み、暗示にかかったように見つめていた。
ただ、老女だけは目を逸らさず、見失わぬように、ひたすら経を唱え続けていた。
「南無」
そして俺の手元には、真っ白な姿のままの片栗粉がある。
粉が舞い上がらぬよう、花里の「コン」という声に合わせて、俺は蓋をそっと閉じた。
指先に、白い粉がわずかに残った。
舞台はそろそろ終わりのようだ。




