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暗がりから、密やかに乙名と老女

 暗がりから、密やかに乙名と老女が現れた。


 乙名は蓋をかぶせた鉄鍋を手に提げ、老女は両手に折敷おしきを持ち、木の器を載せて戻ってきた。

 

 そして、並んで座る俺たちの前に、老女が無言で四つの椀を並べ置く。


 彼女の手際よい所作を、蝋燭の炎が揺らめきながら照らしていた。


 俺たちも、その様子を黙って見守っていた。


 椀をのぞくと、中にはさらりとした白い粉が入っていた。


 その粉末は、粗い粒の小麦粉や、ましてや米粉とも違っていた。


 どこまでも白く、蝋燭の淡い光にも、どこか光沢を放っていた。


 じっと見つめる俺たちの前で、乙名は鍋の蓋を開ける。


 と同時に、鍋から湯気が立ちのぼり、中には熱い湯が入っていた。


 八つの瞳は、乙名の行動を無言のまま見ていた。


 乙名は杓子しゃくしで湯を椀に注ぎ、小さな木べらとともに、俺たち一人一人に手渡す。


 「へらにて、柔らかにかきまはし給へ。」


 乙名に言われるままに、俺は椀の中をゆっくりとかき回す。


 熱い湯と白い粉は混じり合い、それはゆっくりと半透明の緩い塊になった。


 そこへ老女が、小さな壺から薄い褐色の液体を木べらで取り出し、「甘葛あまずらの露、うましさにて候ふ。」と、俺たちそれぞれの椀に入れながら話してくれた。


 俺は甘葛が何かわからず、善に尋ねると、それはつたから採れる、昔から伝わる甘味だという。


 そうして、椀の中で出来上がったどろりとしたものを、乙名が食べることを目で促す。


 小六は不用心にも、いきなり木べらを口へと運んだ。


 俺は、おそるおそる椀を傾け、口に近づける。


 それは、ほのかな甘みと、とろりとした舌触りの食べ物だった。


 さっぱりとした甘みは変に口に残らず、砂糖とも蜂蜜とも違う味だった。


 俺たちが食べ終わると、乙名がその頃合いを見計らったように、「これ、此の村の秘事にて候ふ。誰にも知られ申すこと、望み候はず。」と語った。


 彼の話によれば、この粉は村の共有財産として管理し、病気で体の弱った者に与えたり、うまく食べ物が嚥下できない老人の食事に混ぜてとろみをつけるという。


 さらに、食べるものがなくなったとき、命をつなぐ最後の望みだと話してくれた。


 俺にはどうにも片栗粉としか思えなかった。


 俺は乙名に尋ねてみた。


 「これは何から採れるのですか。」


 彼は、あっさり教えてくれた。


 「堅香子にて候ふ。」


 その答えに、俺の中でつながった。


 カタクリとは、堅香子が変じた言葉だということが。


 まだ見ぬ堅香子の花が、違う形で俺たちの前に姿を現した。


 俺は、小六に尋ねた。


 「堅香子からこんな食べ物が採れることを知っていたか。」


 小六は首を横に振り、初めて知ったと答えた。


 やはり、これはこの村の秘事だったのだろう。


 俺は、なぜ秘密にしているのかを乙名に尋ねた。


 すると、彼は悔しそうな表情を浮かべながら語った。


 もし地頭や荘園領主に知られれば、間違いなく年貢以外の公事くじとして過酷な取り立てに遭う。


 すると、どうなるか。


 たちまち、堅香子は山から姿を消してしまう。


 堅香子の根にある鱗茎りんけいから採れる片栗粉は、ごくわずかであり、それも長い年月をかけて蓄えられるものだと教えてくれた。


 村では、堅香子の繁殖に気を遣い、採り過ぎに注意して、それを村の財産として守ってきたという。


 そして川辺で、鱗茎から片栗粉を採取していた折に、俺たちに出会ったのだと、乙名は少し申し訳なさそうに話してくれた。


 俺は、それを聞いて、あのとき警戒された理由を理解した。


 そうして今、乙名と村の人たちは俺たちを信用し、すべてを話してくれた。


 俺は、そんな彼らに一つ提案をした。


 長く深い夜は蛙の声とともに、まだ続く。






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