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操縦席から外の風景を

 操縦席から外の風景を眺める。


 木漏れ日が差し込む、緑の絨毯。


 その葉陰に隠れていた、可憐な君の姿はもう見えない。


 みんなで訪れたスズランの群生地。


 とりわけ、花里が喜んでくれたことが嬉しかった。


 時期を過ぎて見逃してしまった堅香子かたかごの花。


 その群生地は、どんな姿をしているのだろう。


 いつかは、みんなでその花を見てみたい。


 山に詳しい小六に、堅香子の花について尋ねた。


 彼は、木地師の父と山々を渡り歩く中で見たことがあるという。


 淡い紅紫の花は、春の短い間だけ、傾いた籠のような姿で咲くのだと。


 そのいでたちから「堅香子」と呼ばれるのだと、小六は教えてくれた。


 想像力の乏しい俺には、その花の姿がどうしても浮かんでこない。


 スズランの余韻と、まだ見ぬ堅香子の花への想いにひとり浸っていると、小六が「そんなことより腹が減った、どこかで飯が食いたい」と言い出した。


 花より団子。


 俺もそろそろ空腹を感じたので、食事にすることにした。


 今朝買ったシジミがある。


 どこかで調理してもらおうと考え、山の麓まで降りることにした。


 群生地から舟を出す。


 花里が操縦席の前に立ち、そこから見えるスズランに囁くように、幸福の再来を約束している。


 「さきはひ ふたたびのご縁にて」


 ガラス越しに差し込む光に包まれる彼女の後ろ姿。


 眩しい光のせいで、陰が彼女を大きく縁取っていた。


 荒ぶる山に再び静寂が訪れる。


 俺には、なぜかその光景が印象深く心に残った。


 山を下りると、川辺に小さな村を見つけた。


 俺は舟を麓の森に隠し、四人で村まで歩いていく。


 細い流れ沿いに、緩やかな下り坂の細道を南へ向かって進む。


 間もなく、水辺で数人の男女が桶を並べて作業しているのが見えた。


 近づくと、彼らも俺たちに気づき、どこか警戒する様子でこちらを見ている。


 それは当然だろう。


 突然、山の森から現れた四人に、不安を覚えるのは無理もない。


 そんな彼らの中へ、善がひとり、俺たちから離れて率先して近づき、話を始めた。


 その中に、黒く日に焼けた中年の男がいた。


 彼は善と話しながら、ちらちらとこちらを見ている。


 どうにも、俺たちのことを用心しているようだった。


 他の男女も作業の手を止め、じっと俺たちの様子を窺っている。


 せせらぎの水音だけが聞こえてくる。


 それでも話は終わり、善が俺たちの所へ戻ってきた。


 「話はついたぞ、史郎。俺が話した男はこの村の乙名おとなだ。彼に、幾ばくかの銭を渡してくれ」


 そうして彼に目を向けると、乙名はゆっくりと近づいてきた。


 俺はひとつ頭を下げて、背負子の籠から袋を取り出し、中から一握りの宋銭を渡した。


 すると、乙名は驚いたように息を呑み、目を丸くした。


 握らされた銭に言葉が出ないようだった。


 多すぎたのかもしれない。


 しかし、金の価値が分からない俺にはどうしようもない。


 とりあえず、その乙名に導かれ、俺たちは村にある古びた集会所のような建物に案内された。


 古いタンスを開けた時のような匂いと、歩くたびに軋む床の上に腰を下ろす。


 早速俺は、食材の調理と炊いたご飯が欲しいと頼んでみたが、どうやらこの村は貧しいらしく、毎日の食事はほとんど麦やひえあわなどの雑穀ばかりらしい。


 用意ができないと、乙名は少し申し訳なさそうな態度を示した。


 よく見れば、乙名は痩せていて、着ているものの裾は擦り切れ、厳しい生活をしていることが想像された。


 俺は籠からシジミと冷蔵していた魚の切り身を取り出し、二つの食材を乙名に手渡した。


 彼はそれを見て、また言葉を失い、大きく目を見開いたまま、俺の顔を凝視していた。


 俺たちへの疑いのまなざしが、ますます濃くなる。


 それはそうだろう。


 山の中から現れ、海の食材を渡されるのだから。


 俺たちの存在を怪しまない方がおかしい。


 それでも、乙名はそれらを黙って受け取り、調理して持っていくと建物を出ていった。


 俺は冷凍してあったご飯を取りに行くため、ひとりで舟へ戻ることにした。


 籠を背負い、来た道を戻り、山の森へ入っていく。


 そんな俺を、乙名をはじめ、村の人々がじっと見ていた。


 「さきはひ」の語源は、「さき(咲き)」と「はひ(這ひ)」であり、草木が繁茂し、花が咲き広がる様子を表す言葉です。この言葉は「幸福」を意味します。


 スズランの花言葉には、純粋、謙虚、そして「幸福の再来」があります。

 



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