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舟に戻った俺たち四人は

 舟に戻った俺たち四人は、かご一杯のシジミをとりあえず冷蔵庫に入れておく。


 それから俺は、ここから北へ向かい、難台山を目指すことにした。


 商人から、鈴の花の群生地の話を聞いたのだ。


 商人はその場所を、まるで「花の里」のようだと言っていた。


 花里が、それを見てみたいと言うので、立ち寄ることにした。


 葦の湖畔から、舟をゆっくりと浮上させる。


 驚いた野鳥の群れが、一斉に葦の中から飛び立つ。


 舟はまっすぐ、山へ向かって飛んでいく。


 登れば厳しい難台山も、舟なら難なく越えられる。


 濃い緑、切り立つ屏風岩、山肌から突き出る大岩。


 その山を越えていくと、中腹に少し開けた場所があり、そこは淡い緑に覆われていた。


 すぐそばに、平たい岩石が横たわるようにあった。


 俺はそこに舟を停め、四人揃って外に出る。


 岩を降り、足元を見ると、淡い色の葉に包まれるように、鈴の形をした白い花が連なって咲いていた。


 鈴の花、それはスズラン。


 けれど、俺の知るそれよりもずっと小さく、葉陰に身を隠すように、ひっそりと咲いていた。


 気がつけば、この一帯はスズランの聖域で、荒ぶる山に守られていた。


 空気は澄み、静寂な時間だけがここでは過ぎていく。


 善も小六も花里も、華やかさはないが清楚なその花を見ている。


 しばし、俺たちは思い思いにこの場所で時間を過ごす。


 話で聞いた通りの花の里だった。


 花里は、その可憐なスズランがとても気に入ったようで、何かを話しかけている。


 そよ風に鈴の音が鳴るように、小さな声で囁いている。


 その彼女に、小六が「花里はスズランに似ている」と、柄にもないことを言った。


 彼女はそれに少し照れながら、微笑を返していた。


 出発の声をかけようとしたそのとき、俺は花里が気に入ったスズランの株を持ち帰ろうと考え、腰に差した小刀で土を掘り起こそうとした。


 すると、花里が、今にも泣き出しそうな顔で俺を止めた。


 彼女が言うには、この花の里で静かに暮らしているスズランを、そっとしておいてほしいという。


 そうして、両手を広げ、まるでこの聖域を抱くようにして、


 「みなをば、散らし給ふな。」


 それは、両親を失った花里が、平穏な暮らしを願う気持ち。


 俺たちとの、これまでの、そしてこれからの静かで穏やかな時間の流れを、この聖域に重ねているのかもしれない。


 飢饉で離散した村。


 飢えで失った父。


 冬の廃屋で息を引き取った母。


 ものの哀れを知る花里に、俺は言葉もなく、ただ申し訳ない気持ちになった。


 善は祈り、小六は沈黙し震えていた。


 そして改めて俺は花里に、「また花の季節にはここに訪れよう」と、謝罪の思いを込めて話した。


 彼女は、その言葉に優しい、透明な笑顔を返してくれた。


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