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善に起こされ、俺は操縦席で

 善に起こされ、俺は操縦席で目を覚ます。


 善の指さす前方には、山の緑に囲まれた清澄寺があり、見慣れた風景が近づいてくる。


 席の後ろでは、すでに目を覚まして景色を眺めていた小六や花里も、空から見下ろす住み慣れた場所の風景に、心を躍らせていた。


 俺はハンドルを手にし、自動運行から手動に切り替え、そのまま舟の進路を北へ取った。


 ここから先は、俺のあやふやな記憶と、善の描いた絵図だけが、道しるべだった。


 まずは、霞ヶ浦を目指す。


 右手には、青く広がる太平洋。


 小さな舟がいくつも浮かんでいる。


 眼下には、緑が広がり、小さな集落が点在している。


 田植えを終えた水田には、早苗が風に揺らめいており、その中で、女たちが着物の裾をからげて、腰を屈めて作業している。


 次々に移り変わる風景には、すべて人々の営みが息づいていた。


 声は届いてこないが、漁をする男の舟歌、働く女たちの歌声が聞こえてくるような気がする。


 そうして、彼方にキラキラとまばゆい広がりが見えてきた。


 入り組んだ地形と、辺りに生い茂る葦の霞ヶ浦。


 小さな舟が数多く碇泊し、家が建ち並び、人の賑わいがある。


 まだ日が高い昼過ぎ。


 俺は、そこから少し離れた葦の中に舟をゆっくり停めた。


 俺たち四人は舟を降りて、高く茂る葦をかき分けながら、空から眺めたあの集落を目指して歩いた。


 時折、その茂みから野鳥が鳴きながら飛び立ち、魚が水面を叩く音が響いた。


 それから間もなく、人の声がする通りに辿り着いた。


 そこには、人の活力と生活の匂いが満ちていた。


 露店には、水揚げされたばかりの魚介類が、桶や籠に盛られている。


 俺は、大きな籠に盛られた小さな貝に目を留め、足を止めた。


 すると、露店に座っていた老女が、のんびりと話し始める。


 「しじみにて候。今朝のとれたてにて、砂も清めており候。いかがにて候か。」


 俺は、肩に掛けた背負子の籠から小袋を取り出し、宋銭をひとつかみ握って、老女に手渡す。


 すると、老女は座っていた小さな腰掛けから滑り落ち、慌てて座り直すと、シジミの入った籠をそのまま差し出す。


 その量に俺は驚いたが、いまさら要らないとは言えず、冷凍保存しておけばいいかと考えた。


 老女は、顔じゅうの皺を寄せて、嬉しそうに笑っている。


 俺は、喜ぶ老女に稲田郷の場所を尋ねたが、彼女は知らず、隣の露店の商人に尋ねてくれた。


 商人は快く応じて立ち上がり、北の方角を指さして、難台山、その向こうに吾国山、そして稲田郷があると教えてくれた。


 ここから見える、尾根が壁のように連なる難台山。


 その西側には、二つの峰を連ねる優美な双耳峰の筑波山。


 そして、端正な円錐形をした吾国山。


 この地に暮らす者なら、誰もが毎日、目にする山々。


 商人は、ここから眺める三者三様の山容、「荒」「優」「整」の美しさを、少し自慢げに教えてくれた。


 また、彼は山々には堅香子かたかごの群生地や、鈴の花の群生地があり、堅香子は時期を過ぎたが、鈴の花がこの時期に咲いていると話してくれた。


 「それは、もう美しい花の里よ」と、まるで今、見てきたかのように語った。


 堅香子の花も鈴の花も、どんな形をしているのか俺は知らない。


 ただ、「花の里」という言葉に、花里が目を輝かせた。


 俺たちは、老女と商人にお礼を言い、籠一杯のシジミを抱え、その場を後にした。


 老女が目をしょぼつかせ、顔じゅうの皺を寄せながら、「さらば、また御立ち寄り候え」と、俺たちに手を合わせていた。



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