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山門の前には、賢光さんと妙心さん

 山門の前には、賢光さんと妙心さんの二人が見送りに来てくれている。


 彼らから渡された茶の種は、マッチ箱ほどの大きさの木箱に収められている。


 俺の肩に掛けた背負子の籠には、挿し木用の茶の若い枝も入っている。


 俺たち四人は、二人に向かって深く頭を下げ、滞在中の厚情に礼を述べる。


 とりわけ善は、書庫にある貴重な書物や経典を見せてもらったことに対して、賢光さんに深く感謝している。


 一昨日の嵐のせいで、石畳は水に濡れて色を濃くし、両側に茂る緑はつややかに輝いている。


 「御旅の安穏、心より祈り奉り候」と賢光さんが言うと、妙心さんが「いつにても、参られ候え」と言葉を繋ぐ。


 彼らの静かな見送りに、俺たち四人は笑顔で応え、寿福寺を後にする。


 俺たちは今大路を歩き出す。


 俺は、隣を歩く善に声を潜めて尋ねる。


 「誰か、つけてくる者はいないか」


 善は何気なく振り返り、後ろの様子を探るが、「その様子はない」と答える。


 大路から小路へ入ると、人通りは極端に少なくなり、さらに進むと人影はなくなる。


 道の両側には、鬱蒼うっそうとした森が広がっている。


 舟を隠した場所はもうすぐ近く。


 俺は用心を重ねて、「今だ、舟まで駆けろ」と声を掛け、森の中へ走り込む。


 善は素早く反応するが、小六と花里は事情がつかめず、一歩遅れる。


 濡れた木々の葉が頬をかすめ、冷たい雫が肌を打つ。


 ぬかるんだ泥に足を取られる。


 俺は迷彩モードで停めておいた舟の入り口に、小さくつけた目印を手探りで見つけ、中に入る。


 息を切らしながら振り返る。


 続けて善が入り、訳が分からないまま走り出した二人も、置いて行かれないように必死の形相で走ってくる。


 俺は操縦席に座り、残った二人が乗り込むのを確認すると、舟を上空へ急上昇させる。


 しばし空中で停止し、俺は操縦席の窓から下を覗く。


 すると、すぐ後ろから、一人は商人、もう一人は農民のような身なりをしていた二人が現れ、俺たちの足跡が消えた辺りを、周囲を鋭く見回している。


 時をおかず、刀を腰に差した武士が五人現れ、慌てた様子で、やはり俺たちを探し始める。


 俺はその様子を見て、背筋に冷たいものが走る。


 小六も花里も、今は呆然としている。


 そんな二人に、善が状況を説明している。


 聞き終えた小六が、憮然とした表情で「こんなことがまた起こるのか」と尋ねるので、「鎌倉に近づかなければ大丈夫だ」と俺は答えた。


 その返事に、小六は寂しそうな表情を浮かべる。


 よほど鎌倉の町が楽しかったのだろう。


 こうして、俺たちの鎌倉の旅は終わる。


 名残惜しさを感じている小六に、俺は「なあに、旅の前半は終わったが、後半が待っている」と励ます。


 すると小六が、「こんなことには、もうならないだろうな」と念を押す。


 俺は苦笑いを浮かべかけて、目を逸らし「まあ、たぶん」と答える。


 小六が俺を見つめて、呆れている。


 いつも笑顔の花里の顔、今は見るのをやめておく。




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