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浜辺から緩やかに延びる

 浜辺から緩やかに延びる石の道は、築かれた島へと続き、さざ波に洗われていた。


 大小さまざまな船が係留され、波間に静かに揺れている。


 ぼんやりと景色を眺めていた俺のもとへ、預けていた着物を籠に入れて男が運んできた。


 湯帷子ゆかたびらを脱ぎ着替えていると、男は盆に器を載せて再び現れた。


 長椅子に腰かけたまま器を受け取ると、それは一杯の清水だった。


 俺は乾いた喉をごくりと潤す。


 礼を言うと、男は黙って俺の隣に腰を下ろし、同じ風景を眺め始めた。


 春の潮風がふたりを優しく撫でてゆく。


 まだ日が高いせいか、他に客の姿はなかった。


 俺が初めて鎌倉に来たことを察したのか、男はのんびりと語り始める。


 目の前の小島は和賀江嶋わかえのしまと呼ばれ、大型船の碇泊のため、二年前に築港された人工の島だという。


 彼は船乗りとして石材の運搬に従事し、築港事業に参加したのだと語った。


 彼の話は訥々(とつとつ)と続く。


 父は交易船の船頭であり、宋へも渡った船乗りだったという。


 航海には危険が伴い、何度目かの渡宋の折、父は帰らぬ人となった。


 彼自身も船子として廻船に乗り、国内の津々浦々を巡ったという。


 やがて二度に渡って宋へ航海したが、一度目は高波で船が大破し、漂流の末に命からがら生還した。


 また別の航海では嵐に見舞われ、船が転覆寸前になるなか、帆柱を切り倒して難を逃れたという。


 高波は潮の辛さが増し、嵐の雨粒は死地に誘う甘露でもあると呟いた。


 そんな災難のたびに「二度と船には乗るまい」と誓う。


 それでも、魚が海を離れては生きられぬように、船子も海なくしては生きられない。


 彼は潮風の匂い、その濃淡で方向や天候の気配を感じ、海で危うい命を保ってきたと語り、自らの業を寂しげに笑った。


 そして年老いて船に乗れなくなった今でも海を離れられず、海の見えるこの場所で働いているのだという。


 話を終えた彼は俺に目を向け、「さて、いづくの異国よりお越しなされたか」と突然尋ねた。


 俺はその言葉に驚き、思わず息を呑んだ。


 男の目はしょぼついていたが、その眼差しは俺の心の奥底まで見透かしているように感じた。


 「安房国の小湊です」と、かろうじて動揺を隠して答えた。


 彼がそれを信じたかどうかは、表情からは読み取れない。


 俺はどうしてそう思ったのかを聞いてみた。


 男はしばし黙し、そしてゆっくりと答えた。


 「匂いが違う。船と同じで、和船の匂いと宋船の匂いは明らかに違う」


 そう言って男は、一艘の船を指さす。


 その先には、二本帆柱の大型船があった。


 波濤はとうを越えてたどり着いた宋船が、波に静かに揺れていた。


 さらに彼は長椅子に座ったまま俺ににじり寄り、鼻をひくつかせ、首を傾げる。


 それから独り言のように「違う、宋船とも違う」と呟いた。


 いつの間にか男のしょぼついた目は、獲物を狙う海上を飛ぶ海鳥のような、鋭い目になっていた。


 「さては、御身おんみ、いずれの舟に乗りて此方こなたへ渡り来たり給ひけるや」と語気鋭く迫ってくる。


 俺は和船に乗ったわけでも、宋船に乗って鎌倉へ来たわけでもなく、ましてや船乗りでもないと伝えた。


 俺は黙って頭を下げ、立ち上がってその場を離れた。


 歩いて振り返ると、男は腰を屈めるよう俺を見送っていた。


 春の陽気にぼんやりとした光景の中で、男の姿だけが鮮明に切り取られた絵のように立っていた。











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