昨日、楽しみにしていた
昨日、楽しみにしていた鎌倉大仏が、この時代にはまだ存在していなかったと知り、俺は落ち込んだ。
遠い未来で見たあの大仏に、自分が生まれて生きた時代へと繋がる何かを、知らず知らず期待していたのかもしれない。
そんな俺に、今朝の小六は朝粥を食べ終えたあと、花里に気づかれないようにそっと耳打ちしてきた。
昨日、彼ら二人で訪れた道具商に、俺も一緒に行ってほしいというのだ。
今日は良信さんの薬店に砂糖を受け取りに行く予定だったので、それを了承すると、小六は満面の笑みを浮かべた。
いつものように背負子を肩に担ぎ、寺を出て、東へ延びる小路を三人で歩いていく。
朝の空気はまだ温められておらず、人通りの少ない小路に、俺たちの足音だけが響いた。
小六に導かれるようにして、若宮大路に店を構える、間口の広い道具商へと辿り着く。
雑多な商家と喧噪が混じり合う小町大路とは違い、若宮大路は落ち着いた静かな佇まいを見せていた。
そこでは直垂の袖を紐でくくった武士たちが集い、真剣に剣を振るう姿も見られる。
小六に案内され、花里と一緒に店の暖簾をくぐった。
店内には、華やかな織物の端切れ、色鮮やかな古着、漆塗りの化粧道具箱、蒔絵や螺鈿で装飾された硯箱が並んでいる。
どの品も装飾は控えめでありながら、草花と文字を組み合わせた芦手文様や、波の広がりを表した青海波の意匠には品格が漂っていて、使い古しとはいえ、それなりの値段がするのだろう。
よくこんな店に二人で入ったものだと、俺は感心してしまった。
そのことを小六に尋ねると、実は彼らは店内に入らず、外からそっと覗いていただけだという。
そして、入り口近くに置かれた品を、花里はじっと見つめていたらしい。
それを二人は間近で見たくて、俺を連れてきたのだという。
花里もやっぱり女の子だから、衣裳や髪に飾る櫛に興味があるのだと思っていた。
けれども、彼らが目の前に立って見ているのは、ひとつの茶碗だった。
俺たち三人が器の前に立つと、店番の男が愛想よく寄ってきた。
「御目に留まり候はば、幸いに存じまする」と店番の男は言葉を添える。
彼の了承を得て、俺はその器を手に取った。
しっとりとした手触りで、思ったほど重くなく、むしろ軽い。
それに、陶器のような冷たさが感じられなかった。
それは漆塗りの木茶碗で、椀は朱色に塗られ、僅かな波打つ金色で縁取られていた。
椀の底にも、金色で卍模様が施されている。
朱の丸に浮かぶ、金色の卍。
店番によると、金泥という手法で丁寧に装飾されており、それは金箔で覆うのではなく、金の粉を漆に混ぜて描く技法なのだという。
そしてこの品は、宋から伝わった舶来品だと説明された。
状態は良好で、彼の推測では、どこかの寺で大切に使われていたものではないかとのことだった。
その茶碗を小六に手渡すと、彼は真剣な目つきでそれを手に取り、漆の具合やその出来をじっくりと確かめ、そして、ゆっくりと頷いた。
最後に、花里が慈しむように手のひらで受け止め、金色の縁を指でなぞりながら、小声で何かを語りかけていた。
その光景を見て、俺は花里のためにその器の購入を決め、それを二人に伝える。
小六が自分のことのように顔を綻ばせていた。
花里もやはり嬉しそうな顔を見せてくれていたが、なぜか、俺にはその笑顔が、透明な世界の向こう側から、違う世界から向けられているような気がした。




