息を整え、こんもりとした緑
息を整え、こんもりとした緑の森に囲まれた寺の小さな門をくぐる。
それほど広くない敷地を進むと、すぐに本堂があった。
しかし、大仏はどこにもない。
俺はキョロキョロと大仏を探しながら歩くが、見つからない。
境内の外は森に囲まれている。
結局、探しあぐねて本堂の前に戻ってくることになった。
大仏が見つからず、がっかりして肩を落としていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、一人の僧が立っていた。
「どうかなされましたか?」と、心配そうな表情で尋ねられた。
よほど、俺は落ち込んだ様子だったのだろう。
俺は藁にもすがる思いで僧に尋ねる。
「ここに大仏があるはずなんです。どこにあるのでしょうか?」
必死の形相で迫る俺に、僧は落ち着かせるように、ゆっくりと語りかけた。
「どうして、そうお考えになったのかわかりませんが、この寺に、あなたがおっしゃるような大仏があったことは、今も昔もございません。」と、優しく諭された。
俺は、やっと理解した。
この時代に鎌倉大仏が存在しないことを。
俺はがっかりして肩を落として、僧への挨拶もそこそこに、来た道をとぼとぼと引き返した。
参道で、すぐに女性から何か声をかけられたようだったが、放心状態の俺は気が付かなかった。
灰色の雲が、今日の空と同じように、俺の心にも深く垂れこめていた。
その女性は参道を振り返りながら、男を心配そうに見送る僧に尋ねた。
「おはようございます、浄光上人。あの悲しそうな顔をした彼は誰なのですか?」
しかし、僧はただ顔を横に振る。
「おはようございます。稲多野局」
さらに、彼は彼女に事の経緯を語る。
「誠、不思議な雰囲気に包まれたお方でして、彼が言うには、ここに金色の大仏があるはずだと言い張るのです。それを諭すと、今のように立ち去って行くのです。誠に奇妙なことを申すお方でした。」
「そうですか、ここに大仏ですか……それも美しい姿ですね」
稲多野局はその言葉に心を動かされて、小さく相槌を打った。
そうして、二人は灰色の春に溶けていく男を、静かに見送った。
やがて、春に消えゆく男の思いが史実となっていく。
その後、源頼朝の侍女であったとされる稲多野局が発起し、僧の浄光が勧進し、最初に木造の大仏がこの地に造られた。
それも数年で嵐により倒壊すると、再び資金が集められ、青銅の大仏が建立されたという。
そのような歴史の顛末について、俺は何も知らない。




