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預かり証を丁寧に折り

 預かり証を丁寧に折り、懐にしまう。


 それから、俺はこの時代の砂糖を見たくて、良信さんにお願いする。


 すると彼は、薬箪笥の引き出しから白い陶器を取り出し、机にそっと置いて蓋をずらす。


 俺は興味深げに中を覗き込む。


 砂糖は、俺が想像していた白糖とは違って、薄明かりの下で薄い茶色をしていた。


 良信さんは、その容器から小さな茶匙でほんの少しだけ砂糖をすくい、花里に手を出すように目で促す。


 彼女は慌てて、着物の端で手のひらを擦り、両手を添えて良信さんに差し出した。


 その小さな手のひらに、彼は優しく砂糖をこぼす。


 しばらくじっと砂糖を眺めていた花里が、それをゆっくりと舌の上に移す。


 彼女は目を閉じ、初めて味わう砂糖に五感を痺れさせている。


 「美味しいか?花里」


 俺が尋ねると、彼女はいつも以上に目を細め、何度も頷く。


 良信さんも、その花里の様子に満足げな表情を浮かべている。


 隣でその光景をずっと見ていた小六は、「今度は俺の番だ」とばかりに一歩前に踏み出す。


 そうして、良信さんの前で白目をむき、大口を開けて上を向いた。


 良信さんは小六をじっと見つめ、何も言わず、何事もなかったように砂糖壺の蓋を閉め、さっさと薬箪笥に仕舞い込む。


 そして、あっさりと「では、明後日」。


 そう言って、取引を終わらせた。


 俺は良信さんに礼を言い、嬉し気な表情の花里と、不満げな顔の小六を連れて店を出た。


 さあ、どうしようか。


 赴くままに通りの人々の流れに乗って歩き出す。


 俺と花里が軽やかに歩き出すと、小六は肩を落とし、少し遅れてついてきた。


 大路の北を散策していると、程なく甘く香ばしい匂いが漂ってきた。


 その匂いを辿ってゆくと、通りに面した家の軒先にある小さな屋台で、団子を焼いて売っていた。


 近寄ってみると、串に刺した団子に味噌を薄く塗って焼き、甘酒も一緒に置いていた。


 早速、店の親父に注文すると、威勢のいい返事が返ってくる。


 屋台の前に置いてある長椅子に腰かけて待つ。


 程なく、甘酒と三つの団子が刺してある串を三本、竹の皮に乗せて運ばれてきた。


 湯気立つ甘酒をフウフウと冷ましながら味わい、香ばしい味噌の団子に舌鼓を打つ。


 小六は一本では満足できないらしく、さらに二本注文し、持ち帰り用に三本、竹の皮に包むよう頼んでいる。


 「よく食べるな」と俺が言うと、包みは明日の朝食用だという。


 今日の朝食のように朝粥だけでは「体がもたん」と、その準備だと話す。


 「あの寺にずっといると、魚の干物のように、人の干物が出来上がる。人は肉や魚を食うようにできている」と、世話になっているのに、そううそぶく。


 頼んだ追加の団子と包みが運ばれてくる。


 小六はすぐに串を掴み、少し冷めた甘酒でのどを潤し、串の団子の一つを無言で頬張る。


 そんな小六と目を合わせると、嬉しそうな表情を浮かべ、俺にひとつ、にへらと笑う。


 どうやら砂糖のかたきを団子で討てたらしく、満足げである。


 こうして、俺たちの鎌倉旅行、桃色の春。


 その一日が過ぎていく。



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