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まずは今大路を南へ

 まずは今大路を南へ歩き、海岸を目指してみる。


 昨日は善が寿福寺を目指して足早に一直線に歩いたため、周囲の風景を眺める余裕はなかった。


 今日はそれを楽しみに、ゆっくり散策してみたい。


 緑に囲まれた神社があり、民家が広がり、大路では人々が行き交っている。


 刀を腰に差した武士、両天秤を担ぐ商人の男、野菜を運ぶ女たちなど、さまざまな身分や姿の人々が足早に歩いている。


 そんな中を、春の陽気に誘われるように、俺たちの鎌倉見物が始まった。


 風に乗って潮の匂いが運ばれてきて、気づけばいつの間にか浜辺に到着していた。


 海もまた、春霞にもやいでた。


 その砂浜にある松林では、漁師と思われる数人の男たちと女が、竹串に刺した魚を焚火の炎で焙っていた。


 香ばしい匂いがあたりに広がっている。


 朝食が粥だけで物足りなかった小六は、彼らに近づき焼き魚を買う交渉を始めた。


 どうやら了解を得たらしく、手招きして合図を送ってきた。


 俺は一礼して、籠に入れてある小袋から適当に宋銭を掴んで渡す。


 すると彼らは目を丸くして、愛想よく「好きなだけ食べてくれ」と席を作ってくれた。


 手渡されたのは、丸々と太った(あじ)だった。


 食欲を刺激する香りが鼻腔をくすぐる。


 腹身からかじると、熱い脂が口中ではじけた。


 熱さに舌を焦がしながらも、冷めるのを待ちきれず、もう一口。


 無言のまま食べ続ける。


 隣では小六が、口の周りを脂でテラテラと光らせながら二本目の串を受け取っていた。


 花里は串を外して皿にのせ、目を細める。


 シロギスもイサキもメバルも、それぞれに味わいがある。


 どれも旨い。


 つい次の串に手が伸びる。


 焚火の炭で、ただ塩を振って焼いただけなのに、どうしてこんなにも美味しいのだろう。


 潮風と海の風景を眺めながら、夢中になって食べ続けた。


 やがて満腹となり、水筒の水をゴクリと一口飲む。


 潮の余韻が腹に収まる。


 食が満たされると、それだけで幸せを感じることができる。


 隣では小六と花里が、俺と同じように至福の表情で海と空を眺めている。


 そんな彼らに俺は「花里、美味しかったか?」と尋ねる。


 彼女はいつものように目を細め、満足そうにコクリと頷く。


 小六に尋ねようと目を向けると、彼には言葉はいらないらしく、返事をするのもめんどくさげに、お腹を抱え、ひとしきりゲップしてにへらと笑う。


 腹の具合も落ち着き、俺たちは町の中心を目指すことにする。


 一人の漁師が案内するように指さして教えてくれ、その先には朱色の鳥居が見えていた。


 俺たちは漁師たちにお礼を言い、そこを離れる。


 別れ際、彼らから「いつでもいらっしゃい」と言葉をかけられ、旅先での人々とのふれ合いに心が温かくなる。


 小六が図々しくも「今度は魚と一緒に飯も欲しい」と注文を付けていた。


 彼らは笑い、炭火の煙とも霞ともつかぬ向こうから、大きく手を振って応えてくれた。

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