久しぶりに、俺は桟橋の
久しぶりに、俺は桟橋の先から釣り糸を垂らしている。
隣では、暖かい光を受けながら、善がパンを食べている。
彼は上棟式で初めてパンを食べ、それを気に入った。
それ以来、牛乳を手に何度もやってきては、俺にパンを焼かせている。
新しい家の建設現場では、本格的な梅雨入りを前に、できるだけ作業を進めようと、毎日、多くの人々が働いている。
そんな毎日の中で、俺には特別に手伝うことはない。
たまに温かい麦茶を出したりもするが、それは花里がやってくれるし、小さくなった畑仕事も、真之介と小六がやってくれる。
そんな中、なんとなく空いた時間が俺に増えていた。
ぼんやりと海を眺めながら過ごしていると、横から波がひとつ、桟橋に押し寄せた。
目をやると、もう一つの桟橋からは、大きな船が漕ぎ出していた。
船は桟橋を少し離れると白い帆を上げ、やがて音もなく、海の向こうへと消えていった。
俺は何気なく、「あの船はどこへ行くんだろうな」と呟く。
善が、「津々浦々を回りながら、鎌倉へ行くんじゃないかな」と答える。
そうして、船が消えた海を見ながら、俺は善に相談した。
「善、ちょいと、鎌倉に行ってみないか」
すると善も、「実は俺も、それをおまえに話そうと思っていたんだ」と言った。
奇しくも、二人の考えることが一致して、俺は鎌倉へ早く行ってみたくなった。
その夜、俺は鎌倉へ行く準備のために舟の操縦席に座り、席の右側のドームに手を置き、立体ホログラムを起動させ、コントロールパネルを開き、操作を確かめる。
それから、操作を続けるうちに、座標を登録できる機能を発見した。
つまり、家の座標を登録しておけば、帰りは自動運行で戻ってこられるというわけだ。
鎌倉へは一度訪れたことがあるし、だいたいの方向も地図で見たことがあるので、おおよその場所は分かっている。
行きも帰りも、これで問題はなさそうだ。
翌朝、三人に鎌倉行きを伝え、一緒に行くことを尋ねると、小六と花里は喜んで行きたいと言うが、真之介は畑や家のことが気になるようで、留守番をするという。
これで、旅行のメンバーは決まった。
俺と善、小六と花里の四人だ。
俺は二、三日のうちに出発するから、その準備をするように二人に伝えた。
鎌倉で市場調査を兼ねて売る、蜂蜜や干し椎茸。
滞在中の食事も準備した方が良いかもしれない。
電子レンジで温めるだけで食べられるものを用意しよう。
用心のために、北条有時さんからもらった身分保証の証書も持参しよう。
出発準備は、俺、小六、花里の三人で分担しながら進めた。
なんだか、遠足前の気分で、どんどん楽しくなってきた。
父親がよく聴いていた、あの昭和の歌を口ずさむ。
♪いい日旅たち 羊雲をさがしに
父が教えてくれた歌を 道連れに
そのフレーズが、俺の旅心に自然と重なった。
鎌倉に着いたら、街並みを散策しながら、観光気分で食べ歩きをしてみたい。
何より、高校の時、トオルと一緒に訪れた鎌倉大仏を見てみたい。
あの時は、トオルは鎌倉大仏をそっちのけで、キョロキョロと観光客の女性ばかり見ていたせいで、俺は落ち着いて大仏を眺めることができなかった。
この時代の大仏は、どんな姿をしているのだろう。
俺が見たときと変わらぬ青みを帯びているのか、それとも、今は金色に輝きを放っているのかもしれない。
ワクワクと、楽しみでたまらない。
♪ああ 日本のどこかに私を待っている人がいる
「大仏、俺を待っていろよ!」




