俺は、暴走する機関車に
俺は、暴走する機関車に何とかブレーキをかけたような状況だ。
荒ぶる小六の鼻や口からは、荒い息がゼイゼイと漏れ出している。
俺は割って入り、歌を止めることはできたが、その後の言葉が続かない。
俺と小六はお互いに何も語らず、無言で対決するガンマンのようになった。
ここでの最初の一言は、慎重に選ばなければならない。
もし間違えれば、それは二人にとって致命的なものになる。
ひりつく空気の中、こめかみを伝う一筋の汗。
ごくりと唾を飲み込んだ。
二人の間に張り詰めた緊張の糸が、じりじりと引っ張られていく。
先に銃を抜いたのは、小六だった。
「やっぱり、“カチコチ、ハアハア”より、“カチコチ、ビンビン”の方が良かったかな?」
小六の的外れな銃弾は、俺のこめかみを掠めて飛んだ。
俺は、銃を構えて立てこもる犯人のような小六に、刺激しないよう慎重に声をかけることにした。
まずは、当たり障りのない質問で切り出した。
「ところで、どこまで歌い続けるつもりだったんだ。何番まであるんだ?」
聞けば十八番まであるそうだが、それでも伝えきれず、百八番までは作詞したいという。
俺はメガホンを持って、犯人に伝えたかった。
そんなに煩悩の数だけ集めて、どうするんだと。
俺は、そんな気持ちをおくびにも出さず、犯人の説得に当たった。
「おまえの気持ちは、よく分かった。それでも、少し待ってくれ」
しかし、犯人の興奮は収まらない様子である。
「いや、分かっている。おまえのひたむきな思いは理解する」
説得を続けながら、俺は思った。
今のおまえは“Bee Line”、俗にいう、まっすぐ飛んで巣に戻る蜂と同じだ。
いくら蜂を飼っているからといって、それを真似する必要はない。
それに、今のおまえは蜜を集める可愛い蜂ではなく、肉を襲う獰猛なスズメバチだ。
体からは、スズメバチが飛ぶときの、低い唸りが聞こえてくるような勢いだ。
身の置き場がなく焦る犯人は、熱い銃を振りかざす。
俺は引き続き、犯人に対して冷静な説得を試みる。
「いいかい、よく聞いてくれ。これは助言だ。決しておまえを否定するものではない」
そうして、俺は高校のときに、国語の先生から習った話を犯人に聞かせることにした。




