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ゲルの深皿に蜂蜜を入れ

 ゲルの深皿に蜂蜜を入れ、電子レンジで温める。


 温めた蜂蜜に、きな粉をヘラで混ぜながら固さを調整する。


 明日の地鎮祭のためのおやつを、花里に作りながら教える。


 実験台の上に板を置き、その上に打ち粉のきな粉を広げる。


 そこへ深皿の中で固さを調整した蜂蜜きな粉を取り出し、長方形に形を整える。


 花里が「何ができるの?」と尋ねたので、「きな粉棒だよ」と教える。


 満智子さんに教えてもらった、手軽にできるお菓子だ。


 その時、彼女は蜂蜜を近所の人から分けてもらったものだと言っていた。


 それは、地元の養蜂家が採取した日本蜜蜂の蜜だという。


 せっかくもらった貴重な蜜なので、素朴に味を楽しもうと作ってくれた。


 今思えば、もしかすると、それは次郎さんの蜂蜜だったのかもしれない。


 見えない糸が、どこかで絡み合い、そして何かを繋げていたのかもしれない。


 広げて伸ばした蜂蜜きな粉を、小刀を使って切り分け、きな粉棒にする。


 端の残った欠片を花里に「味見してごらん」と手渡す。


 彼女はそれをすぐに口の中に入れ、舌の上で転がしている。


 目を細め、口を動かし、飲み込んだ後も、口の中に残る余韻を楽しんでいる。


 俺と目が合うと、いつもの笑顔を俺に向けてくれる。


 今考えれば、真之介と花里の二人がこの家にやって来て、その後に小六がやって来てから、もう一年がたとうとしている。


 彼らの背は伸び、痩せていた体に肉が付いて、出会った当初に比べれば、ずっと血色が良くなった。


 何より、彼らの険しかった表情から角が取れ、笑顔でいられることが、俺はなぜか嬉しい。


 遠い未来で教えてもらったきな粉棒が、遠い過去の花里の口の中で幸せを広げている。


 そこには、俺を介して、異なる世界と違う時間が繋がっているという事実があるだけだ。


 俺は、この時代に一人取り残されて生きている。


 どんなに優しい人々に囲まれていても、一人であることの真実には変わりない。


 見えない明日に押し潰されそうになり、眠れない夜もある。


 正体不明の感情に、じっとしていられず、小刻みに揺らす膝を抱えることもある。


 誰にも届かないと分かっていても、何かに向かって叫びたくなることもある。


 それでも、未来の俺は過去の花里に小さな幸せを届けることができた。

 

 たった一片の小さな欠片。


 口の中ですぐに溶けてしまう、儚い幸せ。


 それは今の俺にとって、何かを繋ぐ大切な糸なのだろう。



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