普段はあまり舟に近づきたがらない
普段はあまり舟に近づきたがらない真之介が部屋に入ってきて、まだソファベッドで寝ている俺を起こした。
何が起きたのかと思っていると、彼は俺の目の前に手を突き出して見せた。
そこには、肉厚の椎茸が握られていた。
鼻先で椎茸の独特の匂いがする。
真之介の顔が綻んでいる。
俺はベッドから飛び起き、彼と一緒にほだ木を並べた林の中へ走った。
そこにはすでに小六と花里が、ほだ木をじっと見つめて立っていた。
並べられたほだ木から、ぽつぽつと椎茸が生えてきている。
俺も思わず呆然としてしまった。
椎茸の発生には、もう少し時間がかかると思っていたからだ。
真之介と目を合わせる。彼は力強く頷く。
花里は泣きそうな顔で喜んでいる。
---小六、お前の顔は、まるで欲に目がくらんだ悪人のような笑い顔だ。---
真之介が収穫を始めると、つられて小六も花里も始める。
俺は三人の様子をただ眺めていた。
ほだ木に近づき、生えている椎茸を間近に見る。
早春のまだ寒い早朝に、しっとりとした綺麗な形の椎茸だった。
収穫を終えると、量はわずかだったが、これからどんどん生えてくる。
これから増えていく量は計り知れない。
しばらくは、小六の悪人じみた笑い顔が絶えそうにない。
一週間たつと、最初の頃に収穫した椎茸は、香りのよい干し椎茸になった。
俺はそれを持って、清澄寺と仁右衛門さんの家を訪ねた。
寺では、道善房さんをはじめ、善の兄弟子たちが喜んでくれた。
何度もお礼を言われたあと、俺は寺を後にした。
仁右衛門さんの家に訪れると、仁右衛門さん自ら茶臼で挽いた薄茶を出してくれた。
俺は美味しいお茶を飲みながら、茶臼も欲しいが、それよりも石臼が欲しいと思った。
石臼があれば、もっときめ細かい小麦粉を作り、美味しいパンを焼くことができる。
仁右衛門さんに頼んで、茶臼を見せてもらう。
それは大理石のような石で作られた小さな茶臼だった。
俺は高校の時、博物館の農業器具の展示品の中で、昔の石臼を見学したことがある。
その時に見た石臼は、石材の目が粗く、不格好だったが、彼の茶臼はきめが細かく、丁寧に仕上げられていて、どこか品があった。
仁右衛門さんは大切そうに茶臼を持ち、鎌倉で購入したことを教えてくれた。
俺はそれを聞いて、一度鎌倉へ行ってみたいと思った。
それから、今日の訪問の目的でもあるお土産の小さな籠に入った干し椎茸を、そのまま仁右衛門さんに手渡す。
籠に掛けられていた布を外すと、彼はその量に目を丸くして驚き、「こんなに貴重な物は受け取れない」と断った。
しかし、俺は「いやいや、これからも山では収穫できるので」と伝えて受け取ってもらった。
仁右衛門さんは、しばらく無言で籠の中身をじっと見つめていた。
そして、何かを決心したように俺に提案をした。




